第7話 美少女とお泊まり会!

「し、しし、しないからっ!」


 寝起きに可愛らしい胡桃さんの顔を発見したからキスしたら、かなり激しく抵抗されて拒絶された。


「な、なんで!?」


「なんで、って……し、しないものはしないの!」


「さっきは胡桃さんからキスしてくれたじゃん!」


「ぐっ……あ、あれは酔っ払ってたからで……」


「う、うぅ……つまりあのキスは遊びのキスだったってこと!?」


「何故か私がクズ男みたいになってる……!?」


「酷いっ、舌まで入れたのに……俺の、初キッスだったのに……」


「し――た、入れたっけぇ?」


 目を泳がせてすっとぼける胡桃さん。


「入ってた! 俺の口の中を舐め回してたじゃん! もう好き好きオーラ全開って感じで、めちゃくちゃ可愛かったんだけど!? 犯罪だよ! 重罪だよ! 俺の隣に無期懲役だよ!」


「な、舐め回してないし、言い回しがキモい!」


「好き好きオーラ全開なのは否定しないの?」


「ぐ……っ、き、嫌いでは、ない……」


「つまり好きってことだよね?」


「ちーがーうー!」


「本当に? 本当にそれは胡桃さんの本心かい?」


「え? ……そ、それって」


「分からないんだったらもう一度キスしてみよう。そうすれば分かるはずだ。俺のことを愛している、と言うことがね。つまりはらぶ。大事に育てていこうじゃ無いか、その愛を!」


「このキ○ガイ! しないから! 好きじゃ無いから!」


 うがー、と顔を真っ赤にして首を振り続ける胡桃さん。怒っているのだろうか。怒っているのだろうな。顔赤いし。


「はぁ……やれやれ、仕方が無い駄々っ子だ」


「……チッ」


「え……今、割と本気で舌打ちしなかった? それまで結構いちゃいちゃな痴話喧嘩だったのに、一瞬で嫌われモードに入っちゃった!?」


「そういう、何でもかんでも口に出すとこむかつく!」


「……好き」


「――なに、いきなり」


「愛してる」


「だ、なっ、なによ!?」


「大好きだ」


「何でも口にするのがむかつくとは言ったけど! けれども愛だけ囁くってのもむかつく!」


 胡桃さんは「それに」と続けて、俺を見て、かと思えば別の方を見て、また俺を見て、頬を真っ赤に染めながら告げた。


「愛は、ちょっとずつ囁いてくれないと……軽薄になるんだから」


 唇をとがらせて、なんだか拗ねたように述べる胡桃さん。


「……あの、結婚してください」


「……言ったそばから?」


「だって、今のは反則じゃん! 可愛すぎるだろ! 何でそんなに可愛いんだよォ!」


 俺は胡桃さんに詰め寄る。すると若干頬を上気させて、上目遣いに睨み付けてくる。うーん、きゅーっと!


「――ところで、家に電話はしたの?」


「おっと、そうもあからさまに話題を変えられると傷ついちゃうんだけど……そういえば連絡してなかった……」


 スマホを開いてみると、妹から五件ほど不在着信が来ていた。時刻は酒盛りを始めてからの物だ。端的にメールを送る。内容は『今日は友人の家に泊めて貰います』と言う物。


「へぇ……メールだとまともなんだ。それとも私だからキ○ガイなの?」


「俺は愛の暴走特急。胡桃さんの前でテンションが上がってしまうのは仕方の無いことであって、それをキ○ガイと言うのなら、まぁ、そうなんだろうね」


「あー、はいはい。相変わらずきっちーくんって感じ」


「酷いなぁ」


 不平不満を述べていると、彼女は呆れたようにため息をついて、ピッとある一方を指さした。そちらには確か浴室があったはずだ。


「一緒に入ろう、的な?」


「あんた入ってないでしょ、入ってきて」


「一緒に入ろうよ」


「いーや!」


 こうも拒絶されては仕方がない。


「はぁ……分かったよ。そういうことなら胡桃さんがいつも使っている浴室で、俺も身体を洗うことにするよ」


「…………」


「どうしたの?」


「……いや、まぁ、その通りなんだけど、こう、気持ち悪さが炸裂してるなぁと」


「大丈夫、洗濯機の中の下着とか、胡桃さんが身体を洗う際に使っているであろうタオル、或いはスポンジには手を触れずに見るだけにとどめるからさ」


「何も大丈夫じゃ無いっ!? ちょ、そこ動いたら駄目だから!」


 もの凄い剣幕で言い残すと、彼女は浴室の方へと向かってガタゴト大騒ぎ。胡桃さんの下着とか超興味があっただけに残念だ。彼女の言うとおり、何でも口にするのは俺の汚点のようだ。はぁ。


 数分後、顔を赤くして、息を荒げた彼女が戻ってきて、どうぞ、と言うので、どうも、と返し俺はシャワーを浴びた。



  ☆



「ソファーで寝て」


 シャワーを終えて出て来た俺に対して、胡桃さんの第一声はそれだった。因みにパジャマは胡桃さんの父親のものがあったのでそれを借りた。


 胡桃さんは冷たいお茶を差し出しつつ、リビングのソファーを指さして俺を見る。


「……」


 受け取ったお茶を口に含みつつ、抗議の視線を送ってみる。


「何その不満そうな顔」


「こう、何というか、今は十一月ですし、夜は寒いんですよね。ソファーだともしかしたら風邪を引いてしまう確率があるんですよ。その点、同じベッドで寝たとしたら、毛布で暖かいし、お互いの体温で暖かい。まさに一石二鳥! と言うことで、同じベッドで寝たいのですが!」


「いや、無理だって。絶対変なことしてくるし、それに私の部屋にあるのシングルベッドだもん」


「……! だったら問題ない! くっついて寝れば万事解決、オールオッケーだ!」


「何も解決してない! はぁ」


 眉間を押えて大きくため息を吐いた胡桃さんは、云々と唸った結果、予想外の答え俺にもたらした。


「……ぜ、絶対に手を出さない?」


「胡桃さんがそう望むのならそうなる。俺は胡桃さんを愛しているからね」


「…………お茶は飲んだ?」


「? 飲んだけど」


 質問の意図がわからず空になったコップを見せる。すると彼女は大きく息を吐いて――


「……じゃあ、今回だけだから」


「! よ、よっしゃぁぁぁあああっ!」


「喜びすぎ!」


「いやぁ、そりゃあ喜ぶでしょ! 好きな人と同衾どうきん! これに胸躍らない男が居るのだとすれば、それは男じゃない! そして俺は男! つまりは喜ぶ!」


「……はぁ。まぁ、飲んだなら大丈夫……だよね」


 ぼそりと呟く胡桃さんは、寝る準備を始める。よく分からないが俺も胡桃さんの後ろを着いていき、予備の歯ブラシを貸してもらい、準備を終えた。


「さぁ。いざ寝室へ!」


「……はぁ」


 溜息を吐きながら寝室の方へと歩いて行く。胡桃さんの寝室は質素ながらも生活感はあり、なによりお洒落だった。


 まず胡桃さんがベッドに入り、その横に俺もお邪魔する。胡桃さんの匂いが鼻腔を擽り、生々しい暖かさが隣から伝わる。今ここで死んでも悔いはない、そう思える程に俺は満足していた。


 狭いベッドなので、手や足、腰が、少し動くだけで触れる。本当ならば互いに向き合いながら眠りたいものだが、そんなことをすれば我慢出来るわけが無いので、俺たちは背中を向けあって横になる。


「……」


「……」


 カチ、カチと時計の秒針が動く音だけが聴こえる。そして、ベッドに入ってしばらく経った頃。俺は強い眠気に襲われていた。好きな人の隣に居るから安心しているのだろうか。一秒でも長くこの天国を味わいたいが……もう限界に近い。


 そうして意識が途切れそうになった時――ふと、胡桃さんが手を握ってきた。柔らかい、安心する手だ。嬉しい、ドキドキする――はずなのに、眠い。


「ねぇ」


「…………んぁ?」


「……」


「……」


 話しかけられた気がしたけど気の所為だったのだろうか。というか眠い。眠過ぎる。もっと胡桃さんとの同衾を堪能……したい……の……に……。


 そうして意識が途切れる直前、胡桃さんが再度、何事かを呟いた気がした。しかし、もう何も聞こえない。


 いったい何と言っていたのだろうか。申し訳ないと思いつつ、しかし抗うことのできない睡魔に、俺は意識を手放した。


『……ねぇ、私とセックスしよ?』


 そんな大事な言葉を聴き逃して――。

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