重荷

 ひとつ大仕事を終え、プティーは煙管を噛み込み、火打を鳴らした。


「……こうも綺麗に引っこ抜けるたぁねぇ……」


 見下ろす先に、中途に伐られた竹に絡みつく寄生種のデビルバンブーがあった。自生する竹の地下茎を断ち、そこに寄生させるようにして名無しの躰から引き抜いたのだ。

 背中に開けた穴から侵入し、筋肉の筋に紛れ込むようにして伸び、血管を水脈かなにかのように極細の根を張っていく。節から両断し綺麗に引き抜いてみれば、まるで腹からふたつに切り分けた子どものようだった。


「プティーさん。火を分けてもらえますか? 焼いておかないと近くに寄った動物が――」

「まだ死んでないってのかい?」


 呆れたような顔を見せたがすぐに苦笑に変え、落ち葉を近くに集めた。


「竹は竹……ま、そう簡単には死なないか……」


 立ち昇る煙に炙られ、デビルバンブーが蛇の尾のように音を立てながら。 

 痛苦にあえぐ幼子のように蠢く竹の姿に、ビスキーが唾を吐き捨てた。


「――気味悪ぃな……こんなもん躰ン中に入れるとかどうかしてんだろ。――おいアヅマ。そいつ生きてんのか?」


 彼の顎は、アヅマの足元に転がされている名無しを指していた。胸の動きから見て息はある。背中に開いた人差し指の先くらいの穴には新鮮な笹葉を詰め上から布で覆い、起きたときに備えて後ろ手に縛り上げてあった。


「……らしいからな、そう簡単には死なんだろう」


 アヅマは至極マジメに答え、腰をあげた。地に突き立てていた刀を抜き、刃筋を見、血振るいをするように手の内でひとつ回して鞘に納める。


「このクソガキのせいで……」


 遠巻きに見ていた隊長がやってきて、長筒を名無しの頭に向けて構えた。アヅマはすばやく刀を鞘ごと掴んで腕を伸ばし、柄で銃口を押し下げた。


「やめておけ。斬れば斬られる日が来るぞ」

「……今に始まった話じゃねぇんだよ」


 柄と長筒の銃身が擦れ、ギリ、と微かに鳴った。柄を払いのけようとする力はしかし、続飯附けによって焦点を散らされている。

 隊長は長筒を握る腕に血管を浮かせ、絞り出すように言った。


「――さっきもッ……手前ぇ、はッ、どっちの……! 味方なんだよッ!」


 柄にかかる力が一気に膨れる――その寸前、アヅマは涼しい顔で刀を引いた。歯止めを失った力は天に向く。


「うぉっ!?」


 と、隊長が小さな悲鳴をあげながら仰け反り、勢い止まらず真後ろに転んだ。アヅマは放り出された足につま先を引っ掛け、もうひとつ転がしてやり、流れるように踏み込んで靴底で長筒を押さえた。


。――やめておけ、また転ぶぞ」


 長筒を取ろうとする隊長に言ってやり、その奥の険しい顔を見せる手下衆ふたりに目を向ける。


「そっちもだ。余計なことをすれば痛い目をみる」


 距離よし。角度よし。フーッ、と背後でプティーが煙を吹いた。躰に隠すようにして音もなく流星錘を垂らしている。

 隊長は長筒を握ったまま肩越しに手下ふたりに目配した。


 ふいに、足の下から長筒を引き抜かんとする力が消えた。瞬間。

 隊長が懐から短剣を引き抜きながら立ち上がる――否、立ち上がろうとした。目はアヅマを捉えていたが、すぐに靴裏で覆われた。

 長筒から離した足を、前蹴りとして隊長の顔に叩き込んだのだ。

 鼻から血を飛沫ながら大きな体躯がそっくり返った。手下衆ふたりが同時に長筒を構え始めていた。


 アヅマは蹴り足を素早く引き戻し、踵でもって長筒を左のつま先に乗せ、自らの眼前まで跳ね上げた。同時。両足を前後に開くように踏み込み、反力の全てを両手に注ぎ、長筒を打った。まるで火薬で撃ち出されたかのように長筒そのものがすっ飛び、手下衆のひとりが構えを追えるよりも早く鼻っ面を打ち据えた。


 その間にも、アヅマの躰を巻くようにして流星錘が伸びてきていた。もちろん、彼を狙っているのではなく、その奥の残るひとりを見ている。

 アヅマが肘を横に突き出すように曲げると、赤い紐がそこを支点に角度を変えた。先端の錘が角速度を増し、手下衆に迫った。

 顔を向けるも、時すでに遅い。

 鋭い打音を響き、数本の白い花弁を混ぜた血の華が咲いた。

 紐が撓んで錘が落ちると、手下集も、隊長も、笹葉を散らしながら倒れた。


「……おい。殺さねぇんじゃなかったのかよ?」


 ざまぁみろと言わんばかりにビスキーが片笑みを浮かべていた。だが、唇に挟んだ紙巻煙草は小刻みに震えていた。

 アヅマは鼻で息をつき、倒れた三人を冷めた目を見る。胸や背中は上下している。起きてしばらくは後悔に苦しむだろうが、死んではいない。いや、そもそも――。


「斬ったように見えたか?」

「……冗談のつもりだったりするか?」

「……尋ねただけだ。他意はない」


 人を斬るのに比べて、人を笑わせることの難しさよ。アヅマは胸中で息をつく。

 ともあれ厄介な荷物は片付いた。あとは原始の竹とやらを拝めば、旅の半分は――


「――な、なにしてるんですか!?」


 メリアのいまにも泣きそうな叫びに、アヅマは小首を傾げながら振り向いた。


「なに、とは?」

「なにじゃないですよ! 護衛の皆さん、なんで倒しちゃったんですか!?」


 アヅマはぱちくりと目を瞬き、プティーを見やった。肩を竦めただけだった。


「……なんでと言われても……なにか用でもあったのか?」

「ありますよ! あるに決まってるじゃないですか! 忘れたんですか!? 護衛が! フォルナック様にもらった! 許可証の代わりなんですよ!」


 まさに怒髪天を衝く。メリアの灰色がかった金髪が心做しか逆立って見えた。

 アヅマは真顔のまま胸の前に小さく両手のひらを立てた。


「落ち着け。問題ない。なんとかなる」

「なんとか!? なんとかってなんです!?」

「……それは、分からんが」


 ギッ、とメリアの眉がつり上がる。爆発する。そう確信したとき、彼女の背後から、


「なーにがそんなに怖いんさ」


 ひょいと流星鎚を振り戻し、ぐるぐると紐を巻き取りながら、プティーは言った。


「ここまで連れてきたのはどこの誰だか忘れちまったのかい? 見なよ。追手が十人だろうと百人だろうと、あたしらがいりゃ楽勝さ。だろ?」


 飄々ひょうひょうとした声音に気勢を削がれでもしたのか、メリアが呆れたように肩の力を抜いた。 


「……それは……でも……少しでも仲間が多く居たほうが……」


 メリアの話を遮り、アヅマは素っ気なく言った。


「仲間どころか重しだ。口を開けば死ねだ殺すだの……気に食わん。それにバンブーズ・ライツのことなら心配はいらん」


 未だ目を覚まさない名無しに近寄り、見下ろした。


「ここに丁度いい盾がいる」


 そして。

 手下衆が起きない内にと山を下り、ようやく足場が平たく感じられるようになった頃。


「――ッダァァァァァァ、クソがッッッ!」


 突然ビスキーがたけり狂った。プティーを先頭に置き、アヅマを殿にして道なき道を急いでいた一行は足を止める。


「なん! で! 俺が! この俺が! 背負わなくちゃならねぇんだよ!!」


 怒りの源はその双肩に乗せられている名無しらしかった。

 なんだそんなことかと息をつき、プティーがククリ片手に前を向く。


「考えなくたって分かんだろぉ? あたしは道を作んなきゃいけないし、メリアじゃ背負えない。アヅマに運ばせてわざわざ打つ手を塞ぎたいってかい?」

「ンギギギギギ……ッ!」


 ぐうの根も出ない正論に歯を軋ませ、ビスキーは額の汗を拭った。拍子に大きく揺さぶられ、名無しが幽かに呻いた。


「……喜べ、いまので起きてくれたようだぞ。あとは自分の足で歩いてもらおう。


 アヅマは背後に気配が迫ってきていないのを確認し、呼びかけた。


「プティー、名無しを起こす。止まってくれ」

「あーいよぉ……」


 バスン! と力任せに笹の茂みを切り払い、さっそ竹煙管を咥えた。

 てっきり投げ落とすかと思いきや、ビスキーは腰を屈めてから名無しを下ろした。元から荒事を避けたがる男ではあるが、少々意外に思えた。


「……ヌッ……グゥ……」


 と、名無しが呻きながら躰を起こそうとし、縛られているのに気づき脱力した。


「……こんなところで目を覚ますということは……」

「そうだ。お前の負けだ、名無し」


 アヅマは名無しのすぐ側に片膝をついた。


「……まさか竹を入れても勝てんとはな……」

「……いや、竹どうこうではないな」

「……なに?」


 眉をしかめる名無しに、アヅマは淡々と答えた。


「あんなもの子ども騙しだ。絡繰カラクリに気づきさえすれば、お前とやり合うよりも容易い」

「……なんだと? からかってるのか?」

「いや。竹とやり合うほうが慣れているというだけだ」

「……なんだそれは。では俺は身ひとつで挑めば良かったと?」


 アヅマは目を見据えたまま、しばし考え、単刀直入に答えた。


「そうだな。まだその方が良かった。どちらにしてもお前に勝ち目はないが」

「……本当にそう思うか」

「思う。なんなら今一度やってやってもいい」


 黙ってやりとりを聞いていた一行も、さすがにその言葉には反応した。


「おい!? 冗談だろうな!? 本気で言ってんなら――」


 声をあげたビスキーを見やりつつ、アヅマは当然とばかりに言い放つ。


「本気だが?」

「おまっ――!」


 ビスキーのこめかみに青筋が浮いた。

 名無しがその様子を見て苦笑した。


「やめておこう。素手で縛られていてはどうにもならん」

「――剣ならここに」


 言って、アヅマは名無しに倭刀を差し出した。立ち去る前に拾っておいたのだ。はるか昔、サムライにとって刀は魂に等しかったという。

 竹咲捨念流たけさきしゃねんりゅうではそのように教えていないが、アヅマとて形見の刀を惜しんでしまう。捨てるべき念であると分かっていても修行の身ゆえにかままならない。

 あるいは、念を完全に捨て去る日こそが、剣を捨てる日なのかもしれない。

 そう思うからこそ、


「返そう。無いと困るだろう」


 その姿に、メリアはぽかんと顎を落とし、ビスキーが天を仰ぐ。

 プティーだけが、くつくつと笑っていた。

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