オダワラ

 トーカイドー。それはオークスの支配が始まるずっと以前に拓かれ、竹に土地を奪われた後もバンブーズの命を費やし維持された、列島の主要な道である――いや、であった。

 列島に蔓延る竹は陽と水と土さえあれば増えるが、人は違う。いくらバンブーズが数を揃えていようと、トーキョーからキョウまで総延長約五百キロメートルにわたる道を人の手だけで維持することなど不可能である。

 ましてや、その長い道の中ほどに、人の命すら糧にするデビル・バンブー発祥の地があるのなら――


「――つってもさぁ。現にこうして、オダワラまでは馬車でいけんのにさ、バンブーズ・ライツってのがそんなおっかないのかねぇ?」


 プティーは苦笑交じりに車窓を覗いた。

 竹の上でフォルナックの手下衆六人と合流し、地上に降りて三台の馬車に分乗し、トーキョーを出てからいかほど経ったか。いつの間にやら竹桟橋は途切れ、道の左右を塞ぐ竹林も斑に汚れて年輪を思わせるようになっていた。人の手が入っていない証拠である。

 くわえて、前は二人乗りの馬車が先行し、後ろにアヅマたちが乗るのと同型の四人乗り箱型馬車が続くという念の入れよう。そのうえ御者すらフォルナックが用意した手下衆のひとりが務めるとなると、いささか厳重に過ぎるように思われた。

 だが、彼女の斜向かいに座るビスキーは、拳銃の状態をしきりに確かめながら、あたかも自らが熟練の護衛であるかのような口ぶりで言った。


「違ぇよ。昨日の今日でもう忘れたのか? 原始の竹とやらがあるから対処しにくいって言ってたろ。怖ぇのは人よりも竹だ。竹屋には分からねぇんだろうけどよ」

「竹屋じゃなくて竹切り屋――は、いいとして。なるほどだねぇ。竹が怖い、か」

「あ?」


 苛立たしげに眉を寄せるビスキーに、アヅマが淡々と答えた。


「竹は竹でもバンブーズ――俺とプティーのことだ。フォルナックは俺とプティーを引き止めようとしただろう。メリアの言う意識をとるとかなんとか……実際にできるのか知らんが、少なくともあいつは俺たちを信用していない」


 もちろん、デビル・バンブーも怖いのだろうが。

 アヅマは肩越しに追走する馬車を、その屋根に並ぶ刀剣の束を見やった。

 普通オークスの衛兵は銃を携えているものだが、フォルナックの用意した連中は他に剣を背負っていた。両刃の直剣、長さはおよそ一メートルから。俗に言う片手半剣バスタード・ソードだ。竹林で振るうには重く長過ぎる代物で、オークスの体格をもってしても扱い難そうだが、あえてそれを持ってきたからには腕に自信のある者たちなのだろう。となれば――


 ――仮に裏切りがあったとして、どう応じる?


 正面のプティー、その横のメリア、ビスキーと、アヅマは順繰りに視線を巡らせる。

 自分が三人を相手取るとして、ビスキーにひとり任せられるだろうか――

 否。任せれば死人がでる。人死を出さずに全員を無力化しようと思えば、手段も場所も限られるだろう。


「――プティー、流星錘りゅうせいすいは持ってきてるか?」


 問われ、訝しげに片眉を跳ねた。


「一応。四間半しけんはんたん流星」

「……流星? ――って、なんですか?」


 ビスキーから目を背けようとでも言うのか、ずっと窓の外を見ていたメリアが、不思議そうな顔で振り向いた。

 んー? と、鼻の奥を小さく鳴らし、プティーはポンチョの下からそれを出した。見た目には少し太い赤色の紐だ。長さは四間半――およそ八メートル。先端に、ちょうど彼女の手の内に収まりそうな大きさの黒いおもりがついている。


「こいつだよ。ぶん回して投げつける道具」

「えと……鞭みたいな?」

「メリアの言ってるのが一本鞭ならちょいと違う。なんて言ったらいいんかねぇ……」


 難しい顔で天井を仰ぐプティーに代わり、アヅマが言葉を継いだ。


「道具としてのが違う。鞭は革や竹のしなりをつかって切りにいくだが、流星鎚は錘を振り回して叩きつけるだ」


 鞭はあくまで痛みと音で家畜を脅かすための道具だ。殺傷能力は低い。対して流星鎚は始めから戦いの道具として生まれた。長い紐を使って加速させた錘の打撃は当たりどころ次第で人を死に至らしめる。

 だが、武器としての攻撃力よりも重要なのは、


「流星鎚は足を止めるのに向いている」


 ちらりと後ろの馬車を覗くと、意を解したプティーがははぁと唇の端を吊った。犠牲者の胸を打って息を詰まらす、手足を打って骨を折る、場合によっては長い紐を絡ませ一息に複数人の手足を縛る。一挙に三人は無理でも、ふたりの足を止められればそれでいい。

 なにより肝要なのは人命を助くこと。

 誰に追われるにせよ、死者を出せば追跡は激しくなる。


「ま、いざってときには、だねぇ」


 プティーが訳知り顔で頷きを繰り返す。メリアは意味が分からないとばかりに視線をさまよわせるが、ビスキーに向いた瞬間、顔を微かに強張らせてそっぽを向いた。


「……いい加減、許しちゃもらえませんかね?」


 彼は不満げに拳銃のシリンダーを納めた。の方面では潔癖のきらいがあるメリアのことだ。そうそう水に流してもらえないだろう。

 音を立てて馬車が進む。車輪を支える竹発条の柔靭さをもってしても足りない衝撃と振動が、古びた道の荒涼を伝える。

 鬱蒼とした竹林は高さ深さを増しつづけ、笹葉がつくる陰と不気味なまでの静寂が一行の気配を鋭くさせた。藪に潜むは獣か人か。疑心、暗鬼を生ず。

 気を吐き、念を捨て、無に在って待つ――


 馬車がゆるりと足を緩めた。

 こん、こん、とプティーの背中側の窓が叩かれた。御者を担うフォルナックの手下衆のひとりが前を指差していた。

 竹林を僅かばかりに拓いて設けた、ささやかな宿場町――いや、その名残か。

 ここまで続いた道を断ち切るように高い高い壁がそびえ、奥にそれを見下ろす見張り台がある。いくつかの古びた家屋の門口にはフォルナックの塔にいたのとよく似た気配の、虚ろな眼に整った顔立ちの少年が立ち、広場では六人のオークスが馬車を待っていた。


 手が届くとはこういうことか、とアヅマは思う。

 そこはバンブーズ・ライツを押し止めるための前哨基地だった。道の先、竹林の奥へとつづく門はなく、ただ来るものを拒む壁があるばかり。感化される者がないようにフォルナックの支配下にあるバンブーズに守らせる。あるいは、ここまでは本当に手が及ぶのかもしれない。

 バンブーズ・ライツ――ひいてはデビル・バンブーが竹の化け物であるとするならば、化け物同士が鍔迫会う地だ。


「――先乗りで待ってましたよ、オークス


 隊長格と思しき手下衆の男が『様』に嫌味ったらしいアクセントをつけて言った。つづけてビスキーに目配せ。無論アヅマやプティーにはなにもない。

 メリアは小さく喉を鳴らした。


「ご協力、感謝いたします。我々がどこに向かうかは聞いていますか?」

「さぁ」


 男は左手の親指を立て、肩越しに壁を指差した。


「あいつを乗り越えてバンブーズ・ライツどもをにするって聞いてますがね」


 否定しようとするメリアよりも早く、アヅマが低い声で言った


「――違うぞ。竹林に分け入ってフジの麓まで行く。その間の護衛を務めてもらう」


 男はアヅマを一瞥し、メリアに尋ねた。


「オークスさんにお供しろと言付かってます。どこに行かれようとついてきますよ。邪魔する奴は皆殺し――」

「――斬るな」


 またも遮り、アヅマが言った。


「追い払うだけでいい。俺が、

「……お前とは話をしてねぇんだよ、バンブーズ」

「今した」


 言い放った瞬間、男が怒気を膨らせた。手下衆が一斉に殺気立つ。

 ――が、


「ピリピリしなさんなよ、隊長さん。ちょいとした遠足みたいなもんさ。お歌を歌って山に登る。あんたらはそういうの嫌いかい?」


 プティーの飄々ひょうひょうとした声に、隊長格の男は不承不承に身を引いた。


「歌を唱うのがお前の仕事か? 色街の匂いがプンプンしてるぞ」

「残念。あたしは歌より竹笛の方が得意でね。上手いもんだよ。あたしが吹けば山の獣も大人しくなるんさ」


 言って、アヅマを引き寄せた。山の獣とは酷い評だ。大人しくなるのは本当かもしれないが。


「――もう親交は深まったご様子で。だったら、暗くならねぇうちにさっさと働け」


 ビスキーが、バレバレの空威張りをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る