暗中

 到着こそ遅れていたらしいが、汽車はその巨体からは想像しがたい軽快さで竹林の狭間を突き進む。先頭の客車には、アヅマたちと、ビスキーの護衛たちしかいない。後ろの車両にはいくらか客もいるようだが、剣呑な気配の漂う空間にわざわざ訪れもしないだろう。

 カズサ・フッツを走る鉄道の主な用途は貨物の輸送だ。トーキョー・ベイという内海に面した港から、深い山と多量の渓谷、鬱蒼とした竹林を貫き領域最南端まで、日々さまざまな物資を運んでいる。そのなかには人も含まれているのだが、バンブーズは運ばれているにすぎない。

 ――とはいえ、


「これは……楽だな」


 アヅマは窓の外を流れていく緑一色の風景を見つめ、なかば呆れながら息をつく。斜向はすむかいに座るプティーも同じ感想を抱いたようで、通路側の肘置きに寄りかかったまま、珍しい絵巻物を眺めるような目で車窓の外を眺めていた。


「……半日がかりがほんの十分、十五分だ――オークス様の利器にひれ伏せ」


 通路を挟んで隣の席に座るビスキーが、アヅマたちに顔を向けた。こめかみに青筋が浮かんでいた。


「――ってぃうかなぁ……アヅマ。椅子の上で胡座はやめろ。あとプティー。寝てんじゃねぇよ。そこはオークス様の尻がお乗りするトコなんだぞ?」

「椅子は慣れん。許せ」


 肩に刀を立てかけ動じぬアヅマ。プティーは居心地悪そうに身を捩り、肘掛けに背を乗せるようにしてそっくり返った。


「次に座るオークス様の尻が冷えねぇように温ためてやってんのさ。優しいだろ?」

「調子に乗ってんじゃねぇぞプティー! さっさと躰を起こしやがれ!」


 髪を逆立て怒鳴り散らすビスキーに、メリアが乾いた笑い声を立てた――と。

 がくん、と汽車の速度が落ちた。

 アヅマは咄嗟に鞘を床について堪え、プティーも眉を寄せながら身を起こす。その間にもみるみる速度が落ちていき、やがて鋭い排気音とともに完全に停止すると、窓の方まで白煙が流れてきた。

 なにかあったのだろうか、とアヅマが刀の鍔に親指をかけると、ビスキーは馬鹿にするような目をして唇を歪めた。


「トンネルだよ。山の土手っ腹をぶち貫いてるからな。そのまま突っ込んだら――」

「トンネルには竹止めをしてないのですか?」


 メリアの反応にぎょっとし、ビスキーはぎこちない愛想笑いを浮かべた。


「あー、いや、もちろんしてありますよ。けど万が一って場合があったら――」

「――そのために正面に刃のようなものをつけているのではないのですか?」

「え……っと……そりゃそうなんですが……」


 ちらり、とビスキーが救いを求めるかのような眼差しを竹切りのふたりに向けた。

 プティーが、くつくつと笑いながら肘掛けを背に寝そべり、逆さまにメリアを見た。


「あんた竹を研究してたんだろう? 分かんないかね? デビル・バンブーの中にゃ暗闇のなかで育つ奴もいんだよ? それに地下茎だって金属竹系のがトンネルを跨いでたりしたらどうさ? ぶつかった拍子にこいつが転けちまうかもしれない」

「……そのときは、この道を歩いていけばいいのでは?」


 メリアのとぼけた質問に、アヅマとプティーが顔を見合わせる。見た目と名前からしてお嬢さんだと思ってはいたが、それ以上に、進むことしか考えてない。捉えようによってはジャックより自己中心的な発想だ。

 一同が旅の行く末にうすら寒い思いを抱くあいだに、汽車がゆっくりと走り出した。人の足と同じか、少し早いくらいの速度だ。

 やがてトンネルにさしかかったのか薄暗くなり、壁に張りつけられた細い竹筒が淡い緑色に光りはじめる。その見たこともない照明にアヅマが気を取られていると、


「……これは……こんな風に使われてたんですね……」


 メリアが呆けたように呟いた。

 よっ、とプティーが躰を起こし、肘掛けにもたれながら尋ねる。


「使われてた?」

「え? あっ」


 緑色に照らされた顔をあれこれ忙しく動かし、やがてはにかむように言った。


「これ、私がまだ子どものころに研究所で遺伝子組み換えをした魔竹なんです」

「……なんだって? 子どものころ? イデンシクミカエ?」

「あっ、はい。えーと……簡単に言うと品種改良の方法のひとつで……ある作物がもっている特性を、別の作物に加える技術です」

「……アヅマ、分かる?」


 急に話を振られたアヅマは、緑に光る竹筒をつつこうとしていた指を引っ込め、首を左右に振った。


「さっぱり分からん。――メリア、これはなんで光ってるんだ?」

「えっと……光る原理はちょっと……よく分かってなくて……」

「……なに?」


 自分で作ったと言っておきながら説明できないとはどういうことかと、アヅマの眉間に山より深い皺が刻まれた。

 メリアは小さく喉を鳴らし、慌ててつづける。


「そ、その! 竹が光ったら綺麗だろうなって思って、軽い気持ちで……!」

「軽い……」「気持ちって……」「だとすりゃぞっとしないっすね」


 アヅマ、プティー、それにビスキーが口々に同じ思いを吐露した。

 メリアの弁が事実なら、研究所とやらは遊び半分でデビル・バンブーの品種を増やしているのだ。どのような手管を使ったのかまったく図り知れたものではないが、その竹と対峙して生きている身としては――。

 本当に任せてよいのだろうか、とアヅマは鞘を握る手の親指で下げ緒を弄んだ。

 メリアが不思議そうに首を巡らすうちに、汽車がなにかにぶつかり、圧し切るような音がつづき、白煙を吐きながら停まった。


「……なんだ?」


 アヅマは機関車のほうへ首を振った。


「……わかんねぇ。ちょっと待て」


 ビスキーが窓を上げて首を暗闇に突き出した。


「おい! どうした!? なんで停まった!?」


 暗闇のなか、光る竹を片手に機関士が外に出、積もる笹葉を蹴り飛ばしながら窓際に駆けつけた。


「クソったれのデビル・バンブーがわんさと生えてやがるんでさ! 奥の方まで見てみないことにはなんとも――」

「ビスキー、こういうのは初めてかい?」


 機関士の話を遮るように、プティーが冷えた声で尋ねた。


「あ? あたりまえだろが。トンネルだぞ? 竹止めはきっちり――」


 プティーは素早く身を起こし、アヅマに視線を走らせる。

 アヅマは小さく頷き、ビスキーに倣って窓を上げ、首を出した。車内の竹の光は外までは至らないのか、奥は暗闇が広がるばかり。あたりには目に染みるような臭いが漂っている

 この臭いは……、とアヅマが顔を険しくしたとき、暗闇に火打の音が聞こえた。


「――ッ! 止せ!」「ダメです!」


 アヅマとメリアの声が重なる。瞬間。

 カッ、と真っ赤な光が膨れ、火打を叩いた機関士の顔が照らし出された。アヅマは咄嗟に首を引っ込め窓をたたき下ろす。同時。

 轟音とともに火炎が過ぎった。

 開け放たれていたビスキーの側の窓から炎が吹き込み、彼とメリアの悲鳴が上がる。下ろしたばかりの窓は罅入りと散った。車内に雪崩込む熱気。アヅマは刀を片手に席を立つ。


「プティー」

「応さ。外は任せた。口を覆いなよ」

「承知」


 アヅマは胸元から青い布を引き抜き頭に巻くと、竹行李をから手ぬぐいを出して鼻と口を覆い、水筒の水を頭から被った。


「な、なんだ!? なにがどうなってやがる!?」


 椅子から転げ落ちたビスキーが吠えるように叫んだ。メリアは椅子の間で亀のように丸まり、護衛達は右往左往していた。

 プティーは腰のククリを閃かせ、ビスキーの首根を掴んで引きずり起こした。


「襲撃かもしれないっつってんだよバカったれ! 出入り口を見張らせな!」

「襲撃だぁ!? 襲撃って……ここは……」

「前にも後ろにも行けない蒸釜だよ! しゃんとしな!」


 言って、プティーはメリアの手を引き、客車前方の壁にはりつくようにしゃがませる。


「そこで丸まってな。動くんじゃないよ」

「で、でも、あの、アヅマさんは!?」

「アヅマは竹を伐るだけさ。いつだってね」


 プティーがククリを握る右手を垂らしたそのとき、割れ窓から飛び出したアヅマはすでに機関車前方にいた。

 顔に火傷を負い、凍えるように震える機関士。目前で燃え盛るデビル・バンブー。

 通称、『火炎竹』。

 機関車のすぐ後ろに積まれている燃料となる竹と、ほぼ同じ品種だ。

 竹を殺そうと安易に火を放ってはいけない、まさにその理由が、遥か前方まで延々と乱立している。ただ鎮火を待っても失せる頃にはこちらがたおれる。

 ならば、やるべきことはただひとつ。


「エイヤァッ!」


 アヅマは気合一発、はげしく燃える竹を伐った。

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