依頼

 トーキョー、そこにある原始の竹の在り処まで連れて行ってほしい。

 明瞭かつ簡潔なメリアの頼みに、バンブー・ヒルの王ジャックは唇の片端を吊り上げた。また、ほとんど同時に、アヅマとプティーも顔を見合う。


「――どうした。なにか気になることでもあったか?」


 目ざとく気づいたジャックはもぞもぞと躰を揺すりクッションに肘置きをつくりあげると、そこに右手の肘をつき握り拳に顎を預けた。


「……メリア・オークスはずっと北から来たと言っていた」

「なるほど。わざわざ南に下って船で渡ろうってのは急いでる奴の仕事じゃないな」


 ジャックの瞳が威圧するように見開かれ、メリアに向いた。


「どんな事情がある? 俺の土地に生えた竹から出てきたって聞いてるぞ。あそこは道のどん突きだ。正面から入ったんなら、また話がおかしなことになる」

「……あなたの土地に生えた竹については、後日あらためて謝罪と賠償をさせてください」


 メリアの苦しげな声に、ジャックが躰を起こした。


「謝罪と、賠償。――ってーことはだ、メリア・オークス様が、クソ忌々しいデビル・バンブーを、俺の土地にお生やしになられたと、そういいなさるのかな?」

「……仰るとおりです。追手を撒くためのやむを得ない処置でした……」


 メリアは消え入るような声で訥々とつとつと語り始めた。

 竹の開花に気づいた研究所は、すぐに対策を検討、原始の竹の採集チームを派遣した。  

 だが、出発から数日後に届いたのは、経過地点の報告ではなく、派遣した研究員たちの死亡報告と身元確認を求める文書だった。盗賊にやられたのだろうとのことだった。

 研究所はふたたび採集チームを編成し、派遣し、新たな死亡報告を受け取った。


「……トーキョーのオークスたちに手紙を送り、原始の竹のサンプルを届けてもらうという案も出ました。ですが、採集には専門知識が必要ですし、依頼をしようにも竹の開花を伝えていいものかどうか……」


 トーキョーは列島で最も大きな都市だ。人口の桁が違う。もし情報が漏れたりすれば瞬く間に広がり、パニックになるかもしれない。また、それだけでなく、


「――バンブーズの反乱が怖かったわけだ」


 プティーが鼻で息をつき、小さく肩を竦めた。

 メリアは顔を暗くし、俯いた。


「……というより、その可能性に気づいてしまった、という感じです。世界中の竹が枯れればバンブーズは竹の原罪から解放されます。もうオークスに従う必要はない。そう考える輩がいれば、そういった人々はとするのでは。そして――」


 メリアの言葉を継ぐように、ジャックが言った。


「――盗賊とやらは最初っから採取チームを狙っていたのではないか、と」

「そうです。くわえて言えば、研究所内部に裏切り者がいる可能性まででてきます。――あとはもう疑心暗鬼で揉め合うばかりで……そんな場合ではないのですが……」

「じゃあ、メリア・オークス様はなんでこちらにおられるのかな?」


 ジャックの試すような口ぶりに、メリアが表情を改め前を向いた。


「仮に裏切り者がいるのなら誰にも伝えず出てくればいい。それが私の結論です」


 メリアは旅の役に立ちそうなデビル・バンブーのサンプルを持ち出し、西へ伸びる道を避けてトーキョーに向かおうと考えた。ところが――、


「それじゃ、研究所とやらには、あんたが裏切り者に見えちまわないかい?」


 プティーの呆れたような質問に、メリアは首を縦に振った。


「ですから、一度だけ街に立ち寄って手紙を出したのです。……ですが、それがいけなかったのかもしれません」


 あるいは、道を避けて進むために案内人としてバンブーズを雇ったことか。

 ありえない話ではないか、とアヅマは思う。だが、


「その案内人はどうした?」


 はっ、と顔を振り向け、メリアは下唇を浅く噛んだ。


「囮になると言ってくれていましたが――」

「真相は分からずじまいか」

「……はい。ただ、ひとつだけ分かるのは、案内人が教えてくれた道なき道は正しかったということだけです」


 案内人が教えてくれた方向に進むと、開けた土地が出てきた。それがジャックが切り開かせ、ビスキーに管理させようとしていた土地だ。

 メリアはすぐにそこが竹止めのされた土地であり、また竹藪との境界の有り様から二重止めになっていることにも気づいた。

 一時の難を乗り越えるため、また可能であれば時間を稼ぐため、


「この俺の土地にデビルバンブーを植えやがった、と。自分で植えた竹に自分で捕まってちゃあ世話ねぇなぁ、なぁおい」


 ジャックの冷たい声音に、メリアが背中をわずかに丸めた。


「……土地が良かった……良すぎたんです。それに傍に生えていた樫の木がとても強い生命力をもっていたみたいで……いえ、言い訳ですね」


 メリアはぐっと息を飲み込み、背筋を伸ばした。


「申し訳ありません。ですが賠償はすべてが終わったあとに。竹が咲いてしまえば、それもできなくなります」

「……まぁ、それに関しちゃ生えた竹材である程度は賄えそうだけどね」


 プティーが空いた手をふらふらと左右に振り、筋は通したよと言わんばかりにアヅマを見た。彼は小さく頷き、言い添える。


「メリアの植えたトラップ・バンブーは見事に育っていた。上手く扱えば――」

「――それはそれ、これはこれだよ。……あー……アヅマ、だったか」


 ジャックは左手で横髪を撫でつけ、身を乗り出すようにしてメリアの顔を見据えた。


「で、謝罪と賠償はきっちりしてもらうとして、俺になにをしてほしい。どうしろってんだ? もう少し具体的に言ってもらえるとありがたいんだがな」


 メリアは静かに頷いた。


「バンブー・ヒルの北部から船がでているはずです。そこからトーキョーに渡ります。そこまでの旅費と、できれば護衛をつけていただけないかと思っています」

「なんで俺がと言いたいとこだが――まぁメリア様のお話が本当なら、断ったら俺らが困ると、そういうわけだ」


 ジャックは人差し指を振って護衛役のひとりにパイプを持って来させた。いわゆる煙管ではなく、オークス式の海泡石かいほうせきで作られた龍の彫刻が入りのパイプだ。煙草の葉を詰め込み、火打を叩かせ、煙を細く、長く吹き出した。


「……それ相応の礼はしてもらえるんだろうな?」

「もちろんです。謝礼については必ず」

「ついでにオークス姓との顔つなぎもしてもらえるかな?」

「……どこまでお力添えできるかは分かりませんが、私にできる範囲でなら」

「いや、やってもらう。どう考えても面倒なことになりそうな話を二個も三個も持ってきやがったんだ。必ずやれ。やると言え。必ず、約束すると、そう、言え」


 ジャックが単語を発するたびに、パイプの吸口を咥える唇の端から、泥沼の霧のように粘っこい煙が溢れた。その瞳は煙の奥にあってなお落ち窪んで見えるような昏い輝きを湛えていた。

 メリアは一瞬たじろぐように膝を動かしたが、吐息とともに顔をあげた。


「オークスの名に賭けて、必ずお手伝いすると、お約束します。ですから、どうか手を貸してください」

「……ようし! いいだろう!」


 パン! と両手を打ち合わせ、ジャックは狂気はらむ笑みを浮かべて首を振った。


「ビスキー! お前、メリア様の護衛をしろ!」

「――俺ですか!?」


 ビスキーが両目を見開き、間抜けのように口を開いたまま自分の顔を指差した。

 ジャックは唇を愉しげに歪ませ、皮肉たっぷりに眉を寄せ上げる。


「お前が持ち込んだ案件だろ? お前が果たせ。しくったら窓から放り投げてやる」

「……そんな……いえ、分かります。分かりますが……」

「――が、なんだ?」


 返答次第で窓から投げる。そう言わんばかりの顔をしていた。周りの護衛や幹部連中と思しき者たちの顔に気の毒そうな笑みが浮かぶ。

 ビスキーは姿勢を正し、襟元を指で広げながら、たどたどしく言った。


「助け出したのは、この竹切り屋のふたりでして……」

「知ってる。お前の子飼いだろ? だったら親のお前が面倒を見ろ」

「いえ、子飼いというか……その……」


 ちらり、とビスキーが雨に震える犬のような目をアヅマに向けた。得意様とは言えるだろうが子飼いというのは、と彼は受け止めた視線を傍らのプティーに流す。


「……あたしらは竹の内側で生きちゃいないんだけどねぇ」


 プティーは肩を落とすように小さな息をつき、アヅマの手を離した。護衛が素早く反応を示したが、彼女はまったく意に介さず鞄から煙管を出した。

 ジャックが笑みを浮かべたまま下唇を湿らせた。。


「おい、遠慮してくれ。ここは禁煙なんだ」


 ぷっ、と煙を吐いて続けた。


「バンブーズ限定だけどな」

「……そうかい。残念だ」


 プティーは肩を竦め、煙管を鞄にしまった。

 さて、とジャックが手を叩き、そのまま両手を擦り合わせる。


「ビスキーだけじゃなんだしな……竹切り屋。お前らも護衛につけ」

「――は?」


 プティーの赤毛が僅かに逆立ち、煙管をしまう手が止まった。


「なんであたしらが」

「お前らがビスキーに持ち込んだネタだからだ。腕は立つんだろう?」

「……まぁ、それなりに。でもね――」


 プティーが言い切るより早く、アヅマは口を開いた。


「断る。俺たちは竹を伐るのが生業だ。人なんぞ斬らん。護衛もしない」


 竹咲捨念流は活人の剣。人を活かすために竹を切ろうと型を作り変えてきた。対人の技も残っているが、あくまで源流を保つため。まして、信用してくれない人間を護ることなぞできようもない――が。

 ジャックは狂気にじむ笑みを顔に張り付けたまま、冷たい声で言った。


「そいつはダメだ。ワン・ストライクだぞ、アヅマ」

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