第30羽 志穂、小鳥とショッピングする

 ロクと茂一がゲームに興じる一方で、小鳥と志穂はショッピングモールに来ていた。桜庭さくらば家の最寄りにあるショッピングモールは比較的大きい方で、何か欲しいものがあれば大抵ここで見つかる。


 家電量販店、家具屋、雑貨屋、映画館、飲食店、旅行代理店、美容院、百円ショップ、眼鏡店、etc…。


 本日の一番のお目当ては、その中でも特に数の多いアパレルショップである。


「これ、どうかしら?」

「似合ってると思います」

「これは?」

「すごく可愛いです。でも、こっちの方が素敵かもしれません」

「あ、ほんとね」


 志穂の買い物が今のメインで、小鳥は付き添いに徹していた。財布こそもちろん持って来ているが、お金はあまり入れていない。何度も言うが小鳥は居候の身、贅沢できる立場ではないと自覚している。


「!」


 ふと、一着のワンピースに目が止まる。透き通った色をしていて清潔感があり、夏に最適のビジュアルだ。何となしに値札を見て、


「あら、良いわねそれ」

「!」


 背後から志穂に声をかけられ、すぐに戻す。


「戻しちゃうの?」

「はい。少し気になっただけなので」

「そう? せっかくロクも好きそうだったのに」

「先輩が?」

「ええ。あいつ前に言ってたもの。夏の女子はすべからく麦わら帽子をかぶって白いワンピースを着るべきだって。それこそがひとつなぎの大秘宝とか何とか」

「ふふっ、先輩らしい」

「それ褒め言葉じゃないでしょ」

「もちろんです」


 クスクスと笑い合う二人。


(でもそっか。先輩こういうの好きなんだ)


 最後にもう一度ワンピースを見て、その場を離れる。目敏い志穂はその様子に気が付き、試しに値札を確認した。


(なるほどね)


 これでは諦めるはずだ。


 その後、いくつかの品を見繕って、志穂一人でレジに持って行く。会計を済ませ、紙袋に購入した衣服を詰めてもらった。


「あ、その服だけ別の袋に入れてもらえますか?」

「はい、分かりました」


 購入後、服を見て回っていた小鳥と合流して店外に出る。夏休みに入ったこともあってか、ショッピングモール内はいつもより学生が多い気がした。


「あ」

「どうしたんですか?」


 少し歩いて、志穂が紙袋を覗き、何かに気づいたような声をあげる。


「いやー、私ってドジね。間違えて買うつもりのない服まで買っちゃった」

「え?」

「これ、仕方ないからあげるわ。返品するのも面倒だし」

「わっ」


 強引に押し付けられた紙袋を、小鳥はつい受け取ってしまう。一体どんな服だろうと中身を確認した。


「! これって……」

「あーあ。ほんとドジ。でもドジな女の子って可愛いわよね。ねえ、小鳥遊さん」

「あの、でも、これ」

「いけない、可愛すぎて難聴になっちゃうわ。あれ、難聴になるのはヒロインじゃなくて主人公だったっけ? ……何でも良いわね」


 まるで話を聞こうとせず歩き出す。「志穂さん!」と少し大きな声を出して、小鳥は呼び止めた。


「こんなの、受け取れな……」

「小鳥遊さん。せっかく大人がカッコつけてるんだから何も言わずに受け取ってよ」

「!」

「それに可愛い女の子が可愛い格好をできないなんて、人類の損失なんだから」


 振り返った志穂の笑顔を見て、小鳥は何も言えなくなる。


「さ、行きましょ」


 手招きする志穂。


「合宿に向けて、水着買いに行くんでしょ?」



  ◇


 ショッピングの帰り。もうすっかり空が赤く染まっていて、いつの間にかこんな時間だったんだと小鳥は気づく。初対面の志穂との買い物だったが、思いの外楽しめた。


「ねえ、小鳥遊さん。ロクが小説書いてること知ってる?」

「はい。知ってます」

「まあ、そうよね。読んだことは?」

「あります」


 夕焼けの道というのはどこか哀愁が漂っている。赤色は情熱を示す色なのにどうしてなのか。


「面白かったでしょ。ロクの小説」

「はい。びっくりするぐらい」

「私も初めて読んだ時は驚いたわ。まさかあんなのを息子が書けるなんて」

「私は、これまで読んだどの小説よりも、先輩の小説が好きでした」

「あはは、言うわね。でも私もそうかも。どうしても贔屓が入るけどね。ねえ、どれが一番好きだった?」

「私は『One Year for You』が好きです」

「そう。私は『供儀の墓』。お父さんは『青春か、郷愁か』って言ってたし、バラバラね」

「分かれるってことは、どれも面白いってことです」

「そうね……」


 「あの子は天才よ」と、志穂が続ける。


「成績は酷いですけど」

「まあ、授業中もずっと書いてたからね。中一の時から」

「! そんなに前からなんですね」

「ううん。あの子が小説を書き出したの自体は小二からよ。ただ小学校の時はクラスメイトが少なくて、書いてたらすぐに先生にバレたから書かなかっただけ」


 小学二年生ということは、まだ漢字もまともに書けない頃だ。


「でもずっと読ませてはくれなくてね。初めて読んだのが出版された『十一人十色』だったわ。海外に行った直後に印税の話が飛び込んできてビックリしたんだから」

「ふふ、そうだったんですね」


 そういえばロクは、文芸部に持ち込んだモノが出版されたと言っていた。それは高校入学直後のことだろうから、なるほど、志穂たちが海外に行った時期とかぶる。


「……あの子をよろしくね」

「え?」

「作家ってね、他の職業に比べるとずっと一人の仕事でしょ。だからロクを側で支えてくれる人が欲しかったの。親は、ずっと子供の側にはいてあげられないから」


 そう言って微笑む志穂は、どこか寂しそうだった。


「志穂さんのご両親は……」

「まだ私が二十代の頃に亡くなったわ。夫の両親もね。それで私も彼も親がいなくて、寂しくて……慰め合ってたらいつの間にか結婚しちゃった」

「そうだったんですね」


 小鳥はようやく、ロクが一人暮らしだったことに合点がいった。ロクが日本に残ったのは英語が嫌だからと言っていたので、それなら別に、わざわざ一人暮らしじゃなくても祖父母の家に住ませて貰えばいいと思っていたのだ。


 それをしなかったのはできなかったから。


「だからロクをよろしくね」

「……」

「小鳥遊さん?」

「私に、先輩を支えることができるでしょうか?」


 小鳥は尋ねる。


「だって私は……」

「お母さんの支えにはなれなかった」

「……!」

「って、言いたいんでしょう?」


 志穂は笑う。


「大丈夫よ。むしろ、だからこそ私はあなたを信用しているの」

「? どうしてですか?」

「だって失敗経験のある子は、それを次に活かせるもの」

「!」

「失敗したから次もダメ? 違うわね。失敗したからこそ、次は成功するかもしれない。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズだって失敗から始まってるのよ。あ、そう考えるとあなたのお母さんには感謝しなきゃいけないわね。小鳥遊さんに失敗を教えてくれたうえに、ロクと会うきっかけまで作ってくれたんだから」

「……」


 それは小鳥にとって新しいモノの見方だった。


「これで最後よ小鳥遊さん。どうか、ロクをよろしくね」

「……はい、分かりました」


 不安はありながらも小鳥は頷く。今度こそ支えてみせると、そう決意した。

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