第28羽 ロクの両親、一時帰宅する

「「ただいま」」

「!」


 リビングにいたロクは、一番慣れ親しんだ声を聞き取る。リビングと玄関を繋ぐドアが開いて、思った通りの二人が入ってきた。


「おかえり」

「ロク、元気にしてた?」

「うん」


 両親だ。


「お、ちょっと大きくなったんじゃないか?」

「前もそれ言ってなかった?」

「そうだったかな」


 前回二人が帰って来たのは年末だった。そして正月の最終日には向こうへと戻ってしまったので、半年以上も会わなかったことになる。


 育ち盛りのロクにそれだけ会っていなければ、大きくなったと感じるのも不思議ではない。


「ほら、お土産」

「ありがと」


 ロクは母から長方形の箱を無造作に渡された。外国の文字がわんさかと書かれているが、もちろん読めやしなかった。


 中身は何かと想像していると、小鳥がキッチンの方から姿を現す。


「あの……志穂しほさん、茂一しげかずさん、こんにちは」


 ロクの母と父、それぞれの名を呼んで挨拶した。両手でお盆を持っており、その上にはコップが四つ置かれている。


「こんにちは。こうして会うのは初めてね、小鳥遊さん」

「はい。その、麦茶を入れたので良ければどうぞ」

「おお、気の利く子だな」


 茂一が嬉しそうに椅子に座った。この暑い中、外を歩いてきたのだ。相当喉が渇いていたらしい。


 テーブルにコップが並べられると、早速自分の分を取って一息に飲み干してしまう。


「ごく、ごく、ごく。ふう! 生き返る」


 その飲みっぷりは見ているだけで気持ち良かった。


「入れてくれてありがとう。しかし……」


 じーっ。


 興味深げに茂一は小鳥を見つめる。ロクの両親と直接会うことに、ただでさえ朝から緊張していた小鳥がより一層体を強張らせた。


「あ、あの。何でしょうか」

「いやあ、こうやって直接見ると、改めて可愛い子だなーと」

「!」

「なあ母さん」

「そうね。それに肌荒れが全くないなんて羨ましいわ。私も昔はもっと肌が綺麗だったのに。若いって良いわよね」

「母さんはもう失ってしまったからね……」

「……」

「ぐはっ!」


 無言のエルボーが茂一の脇腹に刺さった。志穂の怒りを買って当然の言動である。


 時々ロクは、自分の親父はバカなんじゃないかと思う。


「あの、お茶のおかわりを入れてきます」


 面と向かって可愛いと言われたのが恥ずかしかったのだろうか。小鳥は空になった茂一のコップを持って、そそくさとお茶を注ぎに冷蔵庫に向かった。


「あ、もうペットボトルごと持ってきてくれないかしら。この人、多分もっと飲むから」

「わ、分かりました」


 志穂の言葉に頷き、2リットル入りのペットボトルを取り出してテーブルの上に置いた。そのままロクの隣に着席する。


 さて、ロクと小鳥、茂一と志穂が向かい合って座っているこの状況は、ともすればカップルが親に挨拶に来たような空気があった。小鳥が緊張しているのもその雰囲気に拍車をかけている。


「「…………」」



 そして茂一と志穂は、この状況を最大限に楽しんでいた。



「なあ、親父、お母さん」

「なんだ?」

「何かしら?」

「なんでさっきからにやにやしてんの?」

「そりゃあ……ねえ父さん?」

「ああ。むしろしないはずがない」

「…………」


 二人とも目を輝かせる。対して小鳥は緊張して俯きがちだ。


「で、結婚はいつするんだ?」

「なっ」

「……!」

「ちょっと父さん、その質問はまだ早いわ」

「おお、そうか。いけないな、うんうん」

「まずはどこまで進んでるのかを聞くべきよ」

「それだ! で、どこまで進んだんだ?」

「チューぐらいはしてるわよね?」

「何!? したのか!? してるのか!?」

「何もしてねえしどこまでも進んでねえよ!!」


 ここに来てロクは悟った。この両親、かなり心が浮ついている。


「本当に何もしてないの?」

「前も説明したろ。付き合ってるとかじゃなくて、小鳥遊の行く当てがなくなったから……」

「連れ込んだのね」

「その言い方はやめてくれない!?」

「事実じゃない」

「じ、事実だけども!」


 それではロクがナンパ野郎みたいだ。


「とにかく、何もないから!」

「恋愛感情は?」

「ないない! 一切ない!」

「……!」


 ちくり。小鳥の胸に少しの痛みが走る。


「……ふん、もちろん私もないです。先輩のことなんて好きになるはずがありませんので」

「えっ」


 ぐさり。今度はロクの胸にかなりの痛みが走る。


「「…………」」


 二人は同時に俯いて、暗いオーラを漂わせ始めた。それを見た茂一と志穂が、


((わ、分かりやすい))


 と額に汗を流す。


「……ごめんなさい。少し突っつき過ぎたわ」

「そうだね。反省するよ」


 思春期の男女を大人が無闇にからかうのは、どうやらいけないことらしかった。

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