第27羽 ロクと小鳥、大掃除する

 ロクの家は広い。


 まず中庭があって倉庫がある。その時点で広い。


 リビング、脱衣所、寝室二つ、書庫、物置、和室、屋根裏部屋、トイレ二つ、キッチン、浴室、玄関。


 リビングなどは普段から小鳥が掃除しているが、書庫や物置には一切手をつけていなかった。


「よし、やるか」


 自室で意気込むロク。今日の宿敵は散らかりに散らかった自分の私物だ。


 ちなみに小鳥は一階の和室から掃除を始めているのでこの場にはいない。


「あ、懐かしいなーこれ。こんなとこにあったのか!」


 と、十分ほどが経過して早速ロクの手が止まった。発見したのは子供の頃に買ってもらった剣のおもちゃである。ガード(持ち手の少し上)の部分にハマっている宝石もどきがピカピカと点滅するおもちゃ。


「お、まだつく」


 長持ちのするアルカリ乾電池だったのだろうか。スイッチを入れると数年ぶりに点滅を始めた。


 つい少年心をくすぐられてしまう。


「…………」


 無言で腰に剣を構える。息を吸い、この剣が登場するアニメの決め台詞を言った。


「さあ、罪を自覚したか? ならばその罪ごと貴様を断ち切ってやる!」


 ガチャリ。


「あの、先輩。和室の物に関して少し聞きたいことが……何やってるんですか」


 掃除中ならわざわざノックする必要もないと、遠慮せずにドアを開けた小鳥の目には、おもちゃの剣を振り抜いてキメ顔をする男子高校生の姿が映っていた。


「いや、これは」


 ロクの顔が真っ赤に染まる。小鳥の呆れたような目が痛かった。


「先輩って、子供ですよね」

「うっ」

「勉強はしないし掃除もしないし挙げ句の果てにはおもちゃの剣を振り回すし」

「ううっ」

「……まあ、ちょっと可愛いですけど」

「ん? 何か言ったか?」

「な、何でもないです!」


 どうしてか小鳥の口調が荒くなる。


「……はぁ。やっぱり先輩の部屋の掃除、手伝います。二人でやりましょう」

「でも、それじゃあ非効率じゃ」

「先輩一人じゃすぐ別のこと始めるじゃないですか」

「……返す言葉もないです」


 ついさっきの自分を振り返れば、反論できるはずもなかった。


「では、まずこの散らかった服を片付けましょう」

「はい」


 小鳥の指導の下、ごちゃごちゃした私物の片付けが始まるのだった。


  ・

  ・

  ・



 さて。長い間掃除をしなければどうなるのか。


 もちろん、汚れる散らかる埃が積もる。


 そして奴ら・・が巣食う。




 事件が起きたのは夜だった。大掃除が始まって数時間が経過した時。


「先輩。残りは私がやるので、先にお風呂に入っておいてください」

「え、けど……」


 その頃には残る部屋は物置一つとなっていて、その物置もある程度片付いていた。


「掃除もあと少しですから大丈夫です」

「……そっか。なら、お言葉に甘えようかな」

「はい。甘えてください」

「はは、ありがと。じゃああとは頼んだ」


 よって、小鳥一人に掃除を任せてもあまり負担はなかった。それに家事を頼まれているという責任感からか、小鳥はずっと率先して掃除に取り組んでいたため、ロクもその意思を尊重することにした。



 その判断がいけなかった。



「おっふろ♪ おっふろ♪」


 一足先に掃除を切り上げて、ロクは浴室へとGO!


 最近はずっとシャワーだけだったが、今日は久しぶりに風呂を沸かしたためテンションが上がっている。


 マッパで真っ裸になり、急いでシャワーを浴びて湯船に入った。


「ふう〜」


 生き返る。疲れが吹き飛ぶ。最高の幸福感が全身を包んだ。


 正に至福のひと時。


「風呂ってなんでこんな気持ちいいんだろ……」


 文句無しの心地良さ。掃除で疲弊した体にお湯が染み渡り、ここが天国と言われても信じてしまいそうなぐらいだ。


 誰にも邪魔されることなく、存分にお風呂を堪能するロク。


 …………


 …………


 …………


「きゃーーー!!!」

「!?」


 そんな悲鳴が聞こえてきたのは、危うく寝てしまいそうになる寸前だった。


「小鳥遊の声だ!」


 小鳥の悲鳴など聞いたことがない。ロクは慌てて立ち上がり浴室から出る。


 とりあえずパンツだけ履いて小鳥のもとへ向かおうとしたのだが……


 ダダダダダダダダ。


 ガラッ!


「小鳥遊!?」


 パンツを履く前に、なんと小鳥の方から脱衣所へと走り込んできた。


「先輩!!」

「ちょっ」


 そのまま飛びついてくる。勢いが強過ぎて二人揃って倒れてしまった。


 ドサリ。


「!? !?」


 ロクの頭がこんがらがる。何が起きているのかこれっぽっちも分からない。


 分かるのは、


(た、小鳥遊に抱きつかれている!)


 という事実だけ。しかもロクは裸。


 背中から倒れたロクに、上から覆い被さるように抱きついてぷるぷる震える小鳥。


「な、なっ」


 その胸がちょうどロクの股間辺りに乗っていた。


「小鳥遊、どうしたんだ!?」


 この状況はまずい。非常にまずい。何がとは言えないがまずい。


 小鳥の体は、やはり女の子ということもあってかなり柔らかかった。胸に関してはもっと柔らかい。


「先輩! 先輩!」

「だからどうしたんだ!?」

「助けてください!!」

「助ける!?」


 ギュッ。小鳥の抱きしめる力が強まる。思ったよりも力が強かった。


「ちょっ、痛い痛い! 待って! 助ける前に俺の背骨が折れる! あと、その、色々とまずいから離れて!」

「離れられません!!」

「なんで!?」

「怖いからです!!!」

「何が!?」

「奴らが!」

「奴ら!?」


 小鳥がこんなにも取り乱すのは初めてのことだ。第一、「奴ら」なんて荒い言葉を使うイメージもない。


「奴らって誰!?」

「Gです!!」

「じい?」

「ゴキブリです!!」

「!!!!」


 驚く。


「ゴキブリだと!?」

「はい! 棚を少し動かしたらカサカサって……カサカサって!」

「そんな、とうとうこの家にも出たのか!?」


 ロクの家にはこれまで一度もゴキブリが出たことがなかった。


(ていうか)


 ぷるぷる、ぷるぷる。


 震えながらロクにしがみついている小鳥の目尻には涙が浮かんでいて、よほどGが怖かったらしく目をギュッと瞑っている。


(ゴキブリだけでこんな……)


 小鳥の抱きしめる力は依然強かったが、


(可愛いな)


 ロクの頬はついつい緩んでしまった。


「なあ、怖いのは分かったからさ。それでも一旦離れてくれるか? このままじゃどうすることもできない」

「……ぐすっ、分かりました」


 ロクの優しい声に少し安心したのか、小鳥がそっと体を起こす。


「ありがとう。よし! それじゃあいっちょ、ゴキブリ退治に行きますか!」


 ようやく解放されたロクは立ち上がって気合いを入れた。


 だがしかし。重要なことを忘れていたらしい。


「…………!」


 小鳥が何かをじっと見つめて、みるみるうちに顔を赤くしていく。不思議に思ったロクは、小鳥の視線の先を見た。


「あ」


 そう、それはロクの下腹部。素っ裸なせいで丸出しになっているモノ。ロクが忘れていたこととは、自分が裸だったことだ。


「…………」

「…………」


 これは余談だが、小鳥はシングルマザーの家庭で育ったためにそれ・・に耐性がない。


「きゃーーー!!!」


 本日二度目の悲鳴と共に放たれた掌底が、ロクの股間に炸裂した。


「ぼへぶっ!」


 ゴキブリを退治どころか、対峙すらできずに撃沈したロクだった。







 …………その後、復活したロクはなんとかゴキブリを見つけ出し倒すことに成功したという。



 そして翌日。


「この家を見るの、久しぶりね」

「そうだな」


 ガチャリ。


「「ただいま」」


 ロクの両親が、海外から一時帰宅した。

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