第21羽 テスト、一週間前

 期末テスト。それは全国の学生を苦しめてきた、数日間に渡る死闘の名だ。


「定期テストって、なんであんのかな」

「生徒たちの学力を測るためだろ」


 ロクが絶望感から漏らした言葉に、友人の木藤大樹が呆気なく正論を返す。


「この前やっと中間の補習が終わったとこなのに……」

「それはロク、赤点を取りまくったお前が悪い」


 中間テストの科目は、共通科目として、現代文、古典、数Ⅱ、数B、英語の五科目。更に選択科目として、ロクの場合は世界史A、現代社会、生物、化学の四科目があった。つまり、計九科目。


 そのうちロクが赤点を免れたのは現代文と現代社会、それから生物だけだ。


「一つも赤点取らなかった大樹がすごいんだって」

「赤点は30点未満なんだぞ? 普通だ」


 大樹はいつも騒がしいが、テストの点だけはちゃっかり取るタイプだった。二番目に顰蹙ひんしゅくを買うタイプである。


 一番はもちろん、「え、テスト勉強とか全然してな~い」と、口では言いながら陰でこっそりしている凶悪な嘘つきだ。その言葉を信じて、「じゃあ俺もやらなくていいや!」となってしまった者はそのまま学年から姿を消す。


 南無三。


「ま、文句なんて言っても仕方ねえんだし、飯食おうぜ飯!」

「だな」


 大樹の促しにロクは頷く。二人揃ってパカリと弁当箱を開けた。色とりどりのおかずが入った宝箱に目を輝かせ、早速おかずを一つ食べる。


「…………」


 テストに悩んでいたはずのロクだったが、その顔がたちまち晴れた。どうやら相当美味しかったらしい。それを眺めていた大樹は、


「テスト」


 と、呟いてみる。すると今度はロクの顔が一気に曇った。しかしそのままおかずを食べて、


「…………」


 また顔を輝かせる。


「テスト」


 また落ち込んで、


「…………」


 また輝いた。


「テスト」


 以下ループである。


(電球みたいだな)


 大樹はそんなことを思った。なかなかに楽しい。


「……俺で遊んでるだろ?」

「バレたか」


 「当たり前だ」と言ってくるロクに、「悪い悪い」と謝罪する。


 しかし、分かりやすく顔に出るロクの方が悪いのだと、大樹はこれっぽちも反省していなかった。


  ・

  ・

  ・


 テスト一週間前になると、部活はどこも休みになる。いつもなら部活動があるロクも今日は帰りが早かった。


 小鳥と一緒に学校を出て、まだ運び切れていない荷物を小鳥の家に取りに行き、そして自分の家に帰る。そんな帰宅コースだ。


 愛しの我が家に到着してようやく一息つく。さて、小説でも書こうかと考えた時、ロクは衝撃的な光景を目にしてしまった。


「何をしてるんだ?」

「? テスト勉強ですが」


 なんと、小鳥がすぐさま勉強を始めたのである。


「何故……」

「? もちろんテストがあるからです」


 小鳥は質問の意図が分からず首を傾げる。どうして当然のことを聞くのか、そう言いたげな表情だ。


「今俺らは、学校から帰ってきたばかりだよな?」

「はい」

「休みは?」

「休みは、食後や入浴後に取ります」

「なん……だと……」


 あまりのショックに膝をついた。


(この世に、帰宅直後に勉強する人間がいたのか?)


 絶望する。


(そんな真面目な奴、都市伝説だけの話じゃ……)


 どうやらこれがテスト勉強の現実らしい。みな、真面目にテストに向けて勉強しているのだ。それを知って、流れそうになる涙をぐっと堪える。


 打ちひしがれるロクを見た小鳥。脳裏を嫌な予感がよぎった。


「先輩は、いつ勉強するんですか?」

「えっと、その、寝る前に」

「……本当ですか?」

「あ、ああ」


 分かりやすくしどろもどろなロクを、しかし小鳥は「分かりました」と言って、一旦信じることにした。本当かどうかは今夜にでも判明するからだ。



 数時間後。食事を済ませ、入浴を済ませ、あとは寝るだけの態勢が整う。すると、


「じゃ、じゃあ俺は自分の部屋で勉強してくるから」

「……はい」


 ロクがそう言って、そそくさと自室に向かう。小鳥は頷き、とりあえず自分の勉強を続けた。


 そして三十分後。


 そっとリビングから出る。なるべく音を立てないように階段を上り、忍び足でロクの部屋の前に行く。息を一つ吸って、


 バタッ!


 勢いよくドアを開けた。


「なっ!?」


 慌ててロクが振り返る。ノックもせずに入室した小鳥は、呆れたようなジト目になっていた。


「先輩、何してるんですか?」

「いや、これは……」


 ロクの手にはコントローラ。その前には電源の入ったモニター。モニター画面には、この前小鳥も操作したゲームキャラクターの後ろ姿。


 一応机には勉強道具が広げられていたので、やろうとする意思はあったらしい。


「これは、ほら、えっと、今つけたとこで、その……」


 ロクは言い訳しようとするも、やがて観念する。

 たった今つけたというのは本当だ。

 しかし三十分程度で飽きるのはどちらにせよ早過ぎる。


「すいませんでした」


 こっそりやっていたゲームが母親に見つかった、そんな気分だった。

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