第2羽 ロク、煩悩を抑える
「名前はなんて言うんだ?」
「
「小鳥遊か。俺は
小鳥を拾ってから家に帰るまでの間、購入した折り畳み傘を小鳥に渡していたロクは結局ずぶ濡れになった。傘がもう少し広ければ相合傘もできたのだろうが、残念ながらこの傘は平均体型の男性が一人入っただけではみ出る。
「着いたぞ」
「一軒家なんですね」
「アパートか何かだと思ったか?」
「はい。一人暮らしと言っていたので」
「まあ、そうだよな」
高校生が一軒家に一人暮らし。複雑な家庭事情を疑われても不思議でない状況だ。
鞄から鍵を取り出してドアノブの鍵穴に嵌めながら、軽く事情を説明する。
「俺ん家も親が出てったんだよ」
「え?」
「あー、小鳥遊と違って捨てられたとかじゃないぞ。仕事で海外にな。俺は英語が壊滅的だから、ついて行かずに日本に残った」
「そうなんですか」
ガチャリと音が鳴った。鍵を引っこ抜き、ドアを開け、まずロクが家の中に入る。続いて小鳥が折り畳み傘を閉じ、「おじゃまします」と小声で呟きながら入った。
その後、振り向いてドアをそっと閉める。
「……このまま上がったら床がびしょびしょになるな」
途方に暮れるロク。ロクは傘を渡してから、小鳥は傘を渡される前に、雨に全身を打たれていた。このままでは歩くたびに床を濡らしてしまう。
「ま、仕方ないか。小鳥遊はここで待っててくれ。今タオルを持ってくる」
「ありがとうございます」
諦めて先にロクが上がることにした。靴下を脱いで、なるべく床を濡らさないようつま先歩きしつつ、脱衣所にあるタオルを収納している棚を目指す。
棚のそばにある洗濯機へ靴下を放り入れたあと、タオルを一つ取り出して真っ先に自分の足を拭いた。もう一つタオルを取り出して玄関へと引き返し、待っていた小鳥に渡す。
「とりあえず足だけ拭いてくれ。すぐに風呂場に案内するから」
「はい」
小鳥は言われた通りにしようと、渡されたタオルを首にかけ、ニーソックスを脱ぎ始める。水分を吸収したニーソの下から生足が露わになっていき、
「!」
何かいけないものを見ているような気がしたロクはさっと目を逸らした。
「? どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない」
その様子を不審に思ったのか、小鳥が無表情で尋ねる。片手に持たれたニーソはふらふらと蠱惑的に揺れていた。
見ないようにと明後日の方向に目をやる。結局小鳥にはロクが目を逸らしている理由は分からなかったが、両方のニーソを脱ぎ、足を拭き終わったことを報告する。
「拭きました」
「分かった。じゃあついてきてくれ」
ロクの先導により脱衣所に向かう二人。途中、ふと気になったことをロクは尋ねた。
「そういや小鳥遊って何年生なんだ? 自然とタメ口使ってたけどもし先輩なら……」
「一年生です」
「ああ、それなら良かった。後輩か」
「先輩は二年生なんですか?」
「そうだ」
もし小鳥が先輩だったら失礼もいいところだった。道脇でしゃがんでいた小鳥を発見した時、捨てられた猫みたいだと勝手に思い、タメ口で話しかけてしまったのはいけない。
初対面の時は小さな子供でもない限り敬語で接するべきである。そう反省しているうちに脱衣所に着いた。
「先に風呂入ってくれ。タオルとニーソは洗濯機に、脱いだ制服は……とりあえずネットに入れてくれれば」
「先輩が先に入るべきじゃないですか?」
「いいから。風邪引かれたら困るんだよ」
「でも着替えがありません」
「お母さんが置いてった衣類がいくつかある」
「……分かりました。ありがとうございます」
小鳥遊は丁寧にお礼を言うと、両手に持っていたニーソとタオルを洗濯機に投入し、ベストを脱ぎ始めた。
「あ、それから、すまんがリンスやトリートメントの類は使わないせいで置いてない……って、まだ俺がいるのに脱ぎ始めるのかよ」
「? ベストだけなら問題はないはずですが」
「いや、その……」
またしても目を逸らしたロクは、言いにくそうに口をもごもごとさせる。チラチラと小鳥の方を見ながら、遂に言うことを決心した。
「透けてる、から」
「あ……」
自分の上半身を見た小鳥の頬が微かに赤くなる。雨で濡れたワイシャツは見事に透けていて、更に言うとその下のインナーまでもが透けてしまっていた。
つまり、そういうことだ。
「わ、悪かった。もう他に伝えることはないから出てくわ。あとはゆっくりシャワー浴びてくれ」
「……はい」
「それじゃあ」
脱衣所からさっさと退室する。目に焼き付いてしまった刺激の強い光景を、持っていたタオルで頭をゴシゴシ拭いて忘れようとした。もちろんそんなことで忘れることなどできやしない。
(ピンク、だったな……って何考えてんだ!)
更に強くゴシゴシする。しばらくそうしていると、浴室に小鳥が入った音を耳が捉えた。
(俺も服だけは着替えなきゃな。このままじゃ風邪引いちまう)
そっと脱衣所に戻る。濡れた制服を脱いで、余っていた洗濯用ネットに入れた。インナーとパンツも脱いでしまい、それらは洗濯機に放り込む。
全裸になったロク。タオルで体の濡れている部分を素早く拭き、最後にタオルも洗濯機に入れ、そして脱衣所を出た。自室に行って、パンツと脱ぎ散らかしていた寝間着を一旦着る。
「小鳥遊の服も用意しねえと」
今度はリビングに戻ってタンスを開けた。タンスには元々両親の服が入っていて、今回開けたのは母の服が入った引き出しだ。寝間着に使えそうな服と……
「お母さん、こんなのしか持ってねえのかよ」
刺激的な下着を取り出した。このような下着を小鳥に着せることが恥ずかしい。が、それと同時に、それを身につけた小鳥を想像してしまう。
(煩悩まみれか俺は!)
健全な思春期男児だった。自制心で卑猥な妄想を振り払い、用意した衣類を脱衣所に持って行く。但し、ブラジャーだけはサイズの問題もあり用意できなかった。
「小鳥遊! 着替え置いとくぞ!」
「はい、分かりました」
シャワーの音がうるさいので、大声で伝える。するとシャワーが止まったあとに返事がきた。
「でもその、ブラジャーだけはサイズが合いそうにないから……」
「構いません。家ではつけていないこともあるので」
「そ、それならいいんだ」
羞恥心を抑え、伝えるべきことを全て伝えた。リビングに戻ってようやく一息つく……
「……落ち着かない」
ことはできなかった。異性の後輩と一つ屋根の下など、そう経験できることではない。せいぜいが何かしらの合宿に行った時だ。
だが今回は合宿とはまるで違う。自分の家に女子が来ているのだ。しかも小鳥はかなり顔立ちが整っている。
学内であんなに可愛い子を見かけることはそうそうなかった。胸も平均よりは大きい気がする。ロクのスケベな親友が小鳥を見ると、鼻の下を伸ばすこと間違いなしだ。
「先輩、あがりましたよ」
「あ、ああ」
風呂上がりの小鳥に目が釘付けになってしまったのは仕方のないことだろう。
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