第3羽 晩飯、カップラーメン

「ふう」


 ロクが風呂場から出る。小鳥がシャワーを浴びたあと、すぐにロクもシャワーを浴びたのだ。温かいお湯でさっぱりすることができて満足である。


 髪を乾かし、新しい寝間着を着て、脱衣所からリビングに移動した。いつもはロク以外誰もいないリビングだ。


 しかし今日は違う。一つ年下の後輩が大人しく座布団に座って、点いているテレビをじっと見ている。


(……相変わらず無表情だな)


 この日、小鳥と出会ってから表情が変化したところを全く見ていない。シャツが透けていると注意した時に顔を赤らめたぐらいだ。


「普段、テレビは見るのか?」

「いえ。映画ぐらいです」


 今点いている番組は夕方のバラエティ番組だった。映画になれば小鳥も相好を崩すのだろうか。


「先輩は見るんですか?」

「話題のドラマやアニメぐらいはな。映画も見るが……昔みたいにお笑いを見ることはなくなったな」

「それ、私もです」

「ちっさい頃は一発芸人がすごく好きだった」

「それも、私もです」


 小鳥がくすりと笑った。


「そっか、気が合う…………!?」


 くすりと、笑った。


「お前、笑うのか?」

「失礼じゃありませんか」


 今度はムッと眉をひそめる。


「いや、てっきり無表情キャラなのかと」

「キャラってなんですか」

「あー……いや、すまん」

「ふふ、許します」


 そしてまたくすりと笑う。


「でもさ。さっきまで無表情だったのに、急に表情をコロコロ変えられたら驚くというか」

「無表情でしたか?」


 小鳥はきょとんとした顔で首を傾げた。どうやら自覚がなかったらしい。


「うん、無表情だった」

「そうですか」


 そこで表情の変化が止まり、元の喜怒哀楽を感じさせない顔に戻る。これが小鳥のデフォルトなのだろう。


(もしかして、会話が盛り上がりに欠けてたから笑わなかっただけか?)


 そのロクの予想は当たっていた。元々小鳥は感情の起伏が薄い方で、その分面相にも起伏がない。


「先輩、そういえば一つ尋ねたいことがあります」

「なんだ?」


 ロクは小鳥について考えるのもそこそこに、冷蔵庫から牛乳を取り出した。一リットルサイズの紙パックに入っているものだ。残りわずかしかなかったため、口をつけて直飲みする。


「あの下着は、先輩の趣味ですか?」

「ぶーーー!!」


 そして吹き出した。小鳥の言う下着とは、おそらく一旦着替えとして用意した母親の下着だ。


「ごほっごほっ、違う違う! あんな下着しか無かったんだよ」

「そうなんですね」


 慌てて弁解するも、こういう時に限って小鳥の表情は変わらず、内心どう思われているのか見当がつかない。


「……と、とりあえずそろそろ晩飯にするか」

「はい」


  ・

  ・

  ・


「これが晩ご飯ですか?」

「そうだ」


 小鳥が、こたつテーブルの上に置かれたものを見つめながら尋ねる。何を思っているのか、今度は見当がついた。


「我が家はいつもこんな感じだ」

「栄養が酷そうです」

「言うな、分かってる」


 大きめのカップラーメンが二つと小さめのカップラーメンが一つ。それが食卓に並べられたメニューだった。小さなカップラーメンは食べ盛りのロクの分である。


 お湯さえ沸かせれば誰であろうと三分間で作れる、一人暮らしにはとても助けられる品だ。


「料理はしないんですか?」

「まあ、手間もかかるし、下手だし。そりゃあ、手料理の方が食べたいんだけどな」

「……そうですか」


 などと会話しているうちに三分が経過する。二人はカップに乗せていた箸を手に取り、蓋を開けた。


「いただきます」

「いただきます」


 小鳥が礼儀正しく食前の挨拶をし、それを見たロクも同じくする。


(晩飯を誰かと食うなんて、いつぶりかな)


 カップラーメンからは湯気が立ち上っていた。シャワー直後で体が温まっており、ともすれば汗をかいてしまいそうである。もう夜だが六月なので気温はそこまで低くない。


「エアコンつけるか?」

「大丈夫です」


 提案を断られたロクは、カップの中に目を落とした。肌色に濁ったスープはこのラーメンが豚骨味である証だ。黄色の油麺はちぢれていて、カップの右端にかやくとして投入しておいた一枚の肉が寄っている。


 その他、申し訳程度のネギが入っており、いつも通りの素っ気ない見た目だった。それでも味は案外美味しい。美味しいから毎日でも食べていられる。


「「ずずっ」」


 二人同時に麺をすする。どうやら小鳥はしっかりとすすって食べるタイプの女の子らしい。そういう子の方がロクとしては好印象だった。


「「…………ずずっ」」


 どちらも喋らずに、ただ無言で麺をすすっていく。半分ほど食べたところで、ロクは小鳥に目をやった。


 髪を耳にかけており、普段は髪で隠れている耳が露わになっている。それが妙に艶かしかった。そして、やはり暑かったのか、一筋の汗が額から頬にかけてつうっと伝っていった。より色気が増している。


 ピッ。


 側にあったリモコンを手に取り、何も言わずにエアコンをつけた。


「……ありがとうございます」

「いいってこのぐらい。俺も暑かった」


 それからしばらくして二人は食事を終える。ロクは小さなカップラーメン一つ分多く食したが、食べ終わったのは同時だった。


 小鳥がゆっくりなのかロクが早いのか、怪しいところである。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 いつもと変わらないカップラーメン。それなのに、不思議といつもより美味しく食べることができたロクだった。

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