吾輩は
林檎
第1話 吾輩は、、、
吾輩は猫である。
名前はまだない。
いや、名前はもうない。
その方が適切だ。
今の私にとって最も古い記憶はこの病室で目が覚めたことだ。
どうやら私は記憶を失ったらしい。
文字は読めるし言葉もわかる。
それなのに肝心な自分の名前や年齢、鏡を見るまで性別さえもわからなかった。
医師の話によると元僕はどうやら自殺を図ったらしい。
ビルから飛び降りたものの、あまり高さがなく、
下も植木鉢だったことからほぼ無傷の状態で運ばれたらしい。
不幸中の幸いというやつだ。
今の記憶喪失の状態はおそらくショックによるもので、
一時的なものであり、治療さえすれば治るとのことだ。
とりあえず僕は一日の検査入院を経て、
医師には「考える」とだけ一言残し、病院を去った。
僕は手に握った財布を開き、元僕が何者かを探り始めた。
しかし僕は死んだときに誰にも気づかれたくなかったのか、
身分を証明できるものを何も持っていなかった。
行く宛もないので、東京の夜道を徘徊していると、
人々がなにか不吉な生き物でも見るかのように僕を見てきた。
それはそうか。
何も持たず、土にまみれたスーツに身をまとい、
夜道を捨て猫のように徘徊しているのだから。
でも自然と僕は悪い気はしなかった。
むしろどこかほっとしていた。
これはきっと元僕の感情の残り火なのだろう。
いっそ何も思い出さないほうが幸せなのかもしれない。
僕はなんとなくそう思い始めた。
自殺を図ったんだ。きっとろくな人生じゃなかったのだろう。
親とも疎遠で、頼れる友人もいなくかったのだろう。
いっそこのまま自分を探してさまよい続けて、
元僕がなれなかった、きっとなりたかったであろう自分になればいいのでは。
そうやって過ごすのも悪くないのかもしれない。
きっと名前のあった元僕は、誰にも庇護されず、
周りから疎く思われうまく馴染めず、
苦しく消えたいような人生を送ったから、
自殺なんて馬鹿な選択をしてしまったのだろう。
今の僕は苦しめられた人間から離れ、
自分の名前も自分でつけることができるのだ。
吾輩は黒猫である。
名前は、、、
吾輩は 林檎 @takemethere_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。吾輩はの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます