悪の探偵役



――やっぱり、あなただったのね。なぁんかひっかかってたの、あなたに会った時から。なぁんか変だったのよね、あなたに会ったときから。さぁ――」

ブチッ

思わず俺はリモコンのスイッチを切った。

「どういうことだよ!!俺が思っていた犯人と違うじゃないか。なんで、あの女なんだよ。どう考えても、あの占い師じゃないか。」

いまは、土曜日午後4時。そしてちょうどいま、毎週欠かさず見ているサスペンスドラマ「黄色い霊柩車」が終わったところだ。そして今、俺の一三連敗が決まってしまったところである。何に負けたかって??もちろんこのドラマの探偵役“草木マリコ“との推理勝負である。なぜか知らないが、彼女は毎回俺とは違う犯人を指摘する。まさに、視聴者対探偵の戦いである。ここまでの俺の口調からもわかるように、俺は、日々「探偵」にあこがれている。いや、探偵というよりも日常を少しダークに色づけする”サスペンス“にあこがれているのだろう。例えば、家族のためにスーパーで食材を調達する平凡な主婦、父親か、祖父かが世紀の名探偵かなんかのただの高校生、幼馴染と遊園地で怪しげな黒ずくめの奴らに薬を飲まされた元高校生のボウヤ。僕が知っている探偵たちは普通の日常のひょんなことで探偵になっている。だから、だから、僕はいつかその日を待ちながらただただ平凡な毎日を過ごしてきた。なのに、今のところ僕には何も起こっていない。こんなことがあっても許されるのだろうか。もうすぐ、クリスマス。あぁ、サンタさん。僕にどうか聖なる謎をプレゼントしてくださいな……

「真っ赤なお鼻のトナカイさんは~今宵こそはと~……はぁ、俺は何をうたっているんだ。サンタは主役、トナカイは準主役。それに比べて俺なんか、事件の目撃者の一人にもなれない。推理ドラマで言う、主役はもちろん探偵、いや、犯人……?」

     僕は天才かもしれない。


「君の才能は埋もれさせてはいけない。君の推理力は群を抜いて秀でている。君はあの犯人の仕掛けた罠にはまることなく、真実を導いた。あっぱれだよ。この推理合戦、僕はおとなしく引き下がるとするよ。」

その手は、俺の手を取り、力強い握手をした。俺はとうとう、勝ってしまった。あの、幼いころから本の中で背中を追ってきたあこがれの名探偵に――


「ハッ!!」

容赦なく俺にぶつかってくる冬の冷たい空気。ガラス越しからでも、伝わるそれは完全に俺を今までの夢から覚まさしてくれた。

「金田一師匠との推理合戦…… 俺は夢の中でどんな事件を解決したんだ…… でも、ごめんなさい。俺はあなたを裏切ります。」

 まもなく、俺は母さんによばれ、朝食をとり、いつもよりも三十分はやく家を出た、ヒーローになるために。

 ガラガラと、教室のスライドドアを開けると教室には誰もいなかった。つまり、『目撃者』はいないということだ。まぁ、目撃者は全く望んでいない。いや、逆にいたら困る。たった一晩で考えた計画に穴があることは十分にあり得るからだ。僕は胸元のポケットから、昨日若干深夜ハイになりながら練りに練りまくった計画が書かれた、紙を取り出した。

「そのいち、周りに人がいないことを確認せよ、うん、大丈夫だ。そのに、道具の準備の確認、うん、これは大丈夫だな、そのさん――」


朝のLTの時間の最中、ふと、後ろを向いた生徒が大きな声を出した。

「先生!僕たちの写真が!!びりびりに引き裂かれている!!」

話をしていた担任の先生は、出席簿を見ていた目を上にやり、目を大きくした。座っていた生徒も一斉に後ろを向く。教室の後ろに飾ってあった桜の木の下で入学時に撮った個々に初々しい笑顔で写っている写真がびりびりに引き裂かれているのだ。写真のどの笑顔にはひびが入っていた。なんとも、不吉な状態だ。「誰がこんなこと……」「なんか、こわーい。」「俺らになんか、恨みでもあんのかよ。」と、一気に教室は騒がしくなった。先生もそんな生徒たちをいちいち静かにさせるようなことはせず、ただぽかんと口を開けていた。

 そんな時、ただ一人、手を挙げる者がいた。クラス委員長の林しんのすけだ。いつも休み時間になると、分厚い推理小説を読み、だれとも話さず、夢は探偵という、変わった少年だ。

「先生、これは誰かの犯行である可能性が高いと思います。」

彼のその堂々たるその声に、さらに教室内の声は高まった。

「僕に、この事件任せてもらえませんか。」

しんのすけはさらにこう続けた。どうやら、彼が望んでいる通り、事件が起きてなんかうれしそうだ。将来の夢が探偵ならば、そりゃ、事件が起きたら自分で解決したいだろう。先生もあまり、事を大きくしたくなさそうだ。流れは完全にしんのすけが調べるという流れになっているようだ。クラスメイトたちも、おもしろがって、だれも異議を唱えない。

「お前で解決できそうなのか。俺もなるべくこのことを大きくしたくない。」

先生は、早くこの出来事を片付けようとしている。そして、しんのすけに任せようと。

「はい、もちろんです!僕が解決して見せます。」

しんのすけは顔を輝かせ、その場に立った。と、そのとき、彼のズボンのポケットから、ひらひらと一枚の紙が落ちた。彼は、それに気づかずにまだ、にこにこしている。代わりに、隣の席の女子生徒がその紙を広い、折りたたまれていたのを広げた。

   事件は解決したのも当然だった。

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顔がない もめなし @momenasi

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