顔がない

もめなし

第1話

顔がない


顔に手を当ててみる。目、鼻、口……。確かに感じる凹凸。でも、私にはそれらがどんな形をしていて、どんな色をしているのか、わからない。

 私が生まれて間もなく、私のいる『ラムサ国』ではある事件が起こった。この国には隣国として『カミケ国』が存在する。お互いの国の交流は一切なく、むしろお互いに嫌っている節があった。事件が起きたのは、丑三つ時、午前二時であった。唯一、互いの国を行き来する手段として、鏡がある。鏡には不思議な力があるそうで、丑三つ時になると、鏡が、飲み込むようにもう一つの国へ連れていくのだ。私はそんな経験をしたことがないし、実際にしているところを見たころなんて、見たことがない。ところがである、ある日のその時間、『カミケ国』の住人が私のいる『ラムサ国』のある一家族を鏡を使って誘拐したのだ。そのことがあって、『ラムサ国』の住人は鏡の力を恐れ、国内にあるすべての鏡を撤去してしまったのだった。

この話は私のママが話してくれた。話している時、母が流す涙がその事件の凄惨さが幼い私でも、わかるようだった。

「ママ、私ってどんなお顔をしているの? 目とか、お口とか、お鼻はあるってわかるの。でもね、でもね、私自分の顔が分からないの、だから、顔がないのと同じなのよ」

私はよくこういったものだ。だって、その通りなのだから。鏡がないことで自分の顔があるということに実感がなくなってしまった。私が、そうママに訴えるとき、決まってママはこういう。

「あなたは、かわいいのよ。あなたは見えなくても、私たちには見えるのだからね」


     あなたはかわいい


これほど、不確定な言葉は私にとってない。私は、ずっと、この言葉に不信感を抱いて生きてきたのだった。そう、私は生まれた時から顔がないのだ。

私の名前は原リリカ。ラムサ国にすむ。十七歳。名前からも、わかるとおり、女だ。そう、女。十七歳という年齢も自分の容姿を気になる年ごろである。なのに、自分の容姿が分からない。何たる苦痛だろうか。もう、このまま自分の姿を見ることもなく、私の人生は終わってしまうのであろうか。

 

 午前7時、私の一日はこの時間から始まる。家を出、学校へ行くのは、その一時間後。それまで、朝ご飯を食べて、歯磨きをして、持っていくものをそろえて…… って、なんか、今日は違う。何かがおかしい。

「おはよう」

と、毎朝言ってくれる両親の姿がないのだ。二人がいつも寝ている寝室の扉はあけられたまま。そこから、しわ一つないベッドが見える。

え、昨日二人寝なかった……? いや、そんなわけない。

いつも通り、いや、いつもよりも早く寝室に二人は行った気がする。私は、学校へ「欠席する」との連絡をし、急いで警察に電話をした。

「ほぉほぉ、なるほどぉ、それでぇ、なるほどぉなるほどぉ」

私の必死のSOSの電話を取った警察官は、私の話を聞いてそれしか言わない。どうやら、朝から不審者の通報が鳴りやまないらしく、まったく、重要視していない様子だ。

挙句の果てに、「二人で日帰り旅行でも行ったんじゃないですか」と、言いやがる。私は、ため息をつき、警察を後にした。

「ったくこの国の警察はどうなってんの。不審者より、失踪のほうが重大でしょ」

あ、不審者……。まさか、パパやママ不審者に連れていかれたんじゃ……!?

 警察によると、不審者は住宅街から離れたところにある薄暗い森の入り口付近で目撃されたようだ。背丈は小柄で、つえをついている。服は薄汚れ、顔については、「いかつい」「よぼよぼ」はたまた、「魔女みたい」というかなりアバウトな情報が寄せられたそうだ。場所が薄暗い森の中だけに、その者が森へ消えていくあとを追うものはおらず、まだ発見されてないという。誰が最初に通報したか知らないが、かなりいい加減なことをいう人がいるものだと思う。警察の口からはその不審者なるものが見たものに暴力をふるったというようなことは出てこなかった。ただの、腰が悪く、なんか顔が隠れちゃった、よぼよぼの老婆だったら、どうするんだ、まったく。と、誰に言うでもなく、家に帰って少し状況を整理した。まず、不自然な点。

 ママとパパの寝室に入ってみる。まず第一に、整えられたベッド。襲われたなら整えられていないはず。むしろ、乱闘のようなものがあったはずだ。

 次は台所。なぜか、洗われた食器が置いてある。

 そして次、真相にたどり着いた私に残された疑問はひとつ!!

「なんで、私に何も言わず二人で出かけるの!?」

真実はひとつ。朝は動転していたか、寝ぼけていたか知らないが、明らかにママやパパがいなくなった後のこの家の様子は「二人が自ら出かけて行った」という事実を表している。

      でも、なぜ?

私に知られたくない理由からなのだろうか?

それとも、だれか、怪しい人に呼びつけられたのか?

それとも……

      ピンポーン

時間がたつのは早いものでいつの間にか夕方になっていた。いつものように郵便が来る。こんなところは、普段と、まったく変わらない。

受け取った手紙の宛名欄には誰の名前も書いてなかった。しかし、私にはわかった。この手紙はママが書いたものである。ママがいつもつけている香水の匂いが封筒にも移っているのだ。しかし今はそんなことは、どうでもよく、私は急いで封を切った。

「『リリカへ、

 いきなりいなくなってしまって、ごめんなさい。パパも、ママも無事です。だから、心配しないでください。私たち二人は、ある場所でお世話になっています。』


二人の安否が確認できてよかったと、ホッとした。さてさて、いま、二人はどこにいるのだろう??


 

『そこは、森の奥にある赤い屋根の家です。

明日、ここへ必ず来なさい。話したいことがあります。必ずですよ。            

                     ママより』」

なんだか、変に敬語をを使い、いつものママらしくないと思った。いつもは、明るいママが真剣な顔でこの手紙を書いている姿が頭に浮かぶ。手紙の文面を見る限り、やはり、ママとパパは自ら姿を消したようだ。だからか、文面からは緊迫感が見られない。

それにしても、「話したいこと」とは、いったい何であろうか。

それよりも、ママとパパがいる場所が「森の奥」にある家なんて……。やはり、不審者が関係しているのか。


 翌朝、私は「今日も体調不良です。」とうそをつき、昨日、ママが書いていた場所へいこうと、早くから家を出た。私が住んでいるところから、森までかなりの距離がある。森の入り口までついた時、私は、ぜーぜーと、息が上がっていた。

 入口から、もう太陽の光は差しこまず、やはり、見るもの不気味に思わせた。鳥さえも、この森ばかりはと、寄り付かず、どことなくこの森は「恐れられている」と感じた。

薄暗い森の中でも目を凝らせば本当に小さく赤い屋根の建物が見えた。と、その時、

「ちょっと、ごめんなさいねぇ」

私の前を横切る人物がいた。

深くかぶった帽子から見える白髪の縮れ毛、曲げた腰、コツコツと、響くつえの音。間違いない。不審者と言われている人物だ。そんな、怪しい人物がいま、私の目の前を通り過ぎて行ったのだ。

    これはもう、後をつけるしかない……

その人は歩くのが早いようで、私があっけにとられている間にも、薄暗い森の中へいまにも消えそうであった。意を決して私はこの人物についていくことを決めた。

「あのぉ、あなた、何者ですか?」

私は何とか、追いつきながらも、勇気を出してこう問

いかけた。

「なんや、町のほうでは私が不審者扱いされているそうじゃが。あれは、あんたがやったことかね。」

ブスっとした声で、私の質問に答えた。いや、正確にいうと、こちらの質問には答えてはいないが……

「いや、違うんですけど。ていうか、あなたは何者ですか?」

私はもう一度尋ねた。誰も、知らないこの人物の正体を知ってやる!!!という勢いで、尋ねてみたのだが……。相手は思わぬ質問をしてきた。

「あんた、自分の顔をどう思っている?」

何を、いきなり。しかし、

「そんなの、知ってるわけないでしょ。鏡だってないんだから。」

少し口調を強くして、私は答えた。

「そうかい。あんたはかわいいと思うがね。」

出ました出ました。この人の存在よりも一番信用できない言葉が。この言葉は鏡を持つことで初めて正しいか否かわかる。

「そんなの―」

『信用できません』と、言おうとしたその時、前を歩く足が止まった。

森の入り口では豆粒ほどに見えていたあの小さな小屋が今はもう、私と、謎の人物の前にあった。

赤い屋根、小屋全体は木でできていて、あまりきれいとは言えない。

間違いない。ここは、森の最も奥に位置しているようだし、ママが書いてきた家だ。ここに、ママやパパはここにいるのだ。そして、やっぱり、この怪しい人物も関係しているだ、と、私は確信した。

「さぁ、入っておくれ。」

私は、そう促され、少し小さめの扉を開けた。

中にはママと、パパがさるぐつわをされ、手足をしばられていた、ではなく、二人で、朝食の準備をしていた。

「ママ、パパ!」

と、私がそう呼ぶと、

「あら、リリカ待ってたわ。朝食食べた? え、食べてない?

どうしようかしら。あ、スザックおばさん、なにかいいものありますか?で、朝食食べてから、きちんと話しましょう。」

ママは、いま、「スザックおばさん」といった。て、事はこの人物は 女か。

「あぁ、私の分をおやり。年寄ともなると、朝も食欲がわかなくてねぇ。さ、さっさと食べて、この子に話しておやり」

スザックおばさんはそういい、帽子をとった。髪は白髪、森では暗かったので顔はわからなかったが、こうして明るいところで見ると、普通の年よりのおばあさんに見える。鏡があったら、おのれの姿を見てどう思うのだろうか。

あ、そんなことは、いい。それよりも

「 『話』って??」

と、問う私にママやパパは何も言わず、準備を続ける。

「ほら、準備できたから。食べるぞ。」

パパは言った。そして、『腹が減っては戦はできぬっていうだろう?』と、付け加え、笑った。こういうところ、普段と変わらない。ママも、パパも。ただいつもより二人、なんとなく緊張しているように思える。


朝食を食べ終え、なんか静かになってしまった。空気は一気に重くなった。自然と、姿勢は整ってしまう。

「今から話すのは、誰にも言ってはいけないこと。わかった?」

ママはそう切り出すと、それから長いこと話し続けた。

それは、私が生まれる前の話 。


ボーン、ボーン。

午前二時の丑三つ時。物音がしたと思った、妊婦のリサは隣で座っている夫を起こした。

「ねぇ、あなた。なんか、下で物音がしたと思わない?」

タクミはそのリサの声を聞くなり、飛び起きた。

二人は、3年前に結婚した夫婦である。妻のリサの

お腹にはふたりの、子供がいる。名前はもう決まっていて、「リリカ」と名付ける予定だ。

タクミはお腹の大きく、動きがとりづらいリサを気遣いながら、下へ降りて行った。だんだん大きくなる物音。どうやら大きな鏡が置かれているリビングのほうから聞こえるようだ。

「なんか、丑三つ時に鏡なんて怖いわね。」

「おい、やめろよ、もし、変な幽霊でも…」

タクミはそう、言いかけると、いきなり立ち止まった。目はリビングに置かれた鏡を見ている。

リサも、すぐに部屋へ戻ろうとするも……


話す母の声は震えていた。

「逃げれなかった。鏡の前には、パパよりも大柄な男の人が何人もいて。私と、パパはその人たちに抱えられるようにして、鏡の向こうへ放り込まれたの。」

ママはそう言って、涙をぬぐった。いつの間にか、パパやスザックおばさんまでもが泣いている。

私は、驚いた。まさか、

『「カミケ国」の住人が、「ラムサ国」の住人を誘拐したのではなく、「ラムサ国」の住人が「カミケ国」にいた私たちを誘拐した』

なんて。私たちは、囚われの身として生活をしてきたということか。てことは、この国の住人はみんな

「敵⁉」

私の前にいる3人は一斉にうなずく。

「え、じゃぁ、このスザックおばさんも?」

「あぁ、この人は違う。この人も、私たちと同じ、ほかの国から連れてこられた人なんだ。この人は、唯一鏡を持っている人物でも、あるんだ。」

パパはそう言った。スザックおばさんはいまだに泣いている。きっと、このおばさんも母国に家族を残してきたのだろう。

 どうやら、ママとパパは唯一自分たちが母国へ帰れる手段、鏡を持っているスザックおばさんのところを昨日の朝いちばんに訪ねたらしい。ふたりは、私とともに、母国へ帰ろうとしている。わたしはそう、直感した。

「だからね、リサ、今日の夜にまたここへ来ましょう。そして、鏡を使わせてもらってあなたの本当の故郷へ戻りましょう。」

ママはそう言った。うなずくしかないようだった。

私たちは、夜にまた訪れるとの約束をスザックおばさんとして、またあの薄暗い森を通り、家に帰った。

 家へ帰った私は、疲れたので部屋のベッドで横になった。昨日から、今日にかけて起きたことをいったんリセットするがごとく何時間もぐっすりと眠った。


 ボーン、ボーン

午前二時、丑三つ時を知らせる鐘が鳴る。もともとは、この鐘も、鏡が姿身ではなく、別の役割を果たす時間を知らせるために、鳴っている。今では、必要のないものだが。

私たちの目の前にあるスザックおばさんの家の鏡。

どうやら、「ラムサ国」では、私たちが鏡を使って帰るのを防ぐべく、鏡を撤去したそうだ。だから、逆に私たちの母国である「カミケ国」では、私たちがいつでも帰ってこれるように鏡は残してあるのだそう。

鐘が鳴ったとたん、鏡の様子は急変した。鏡の真ん中には大きな穴が開いて……。


 私たちは、リビングにいた。ママと、パパは泣いて喜んでいる。どうやら、こここそが、私が本来育つべき家。

お腹の中にいたので、この家の何も知らない。でも、ただなんとなく、“なつかしい”とは思う。

後ろを向くと、鏡があった。

そこには私が写っていた。


その瞬間、私は鏡を割りたくなった。

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