0448 価値

 会場はまるでスタジアムかのような巨大ホールだった。数千席はある客席に巨大スクリーンがステージ後方に構えられた、特別な様相を呈する雰囲気を感じさせる。この学術的シンポジウムが教育界のみならず、社会全体が注目するものだと率直に理解できた。期待が高まる。

 

「ん?あれウチのカメラじゃね?」

「ええ、そうですよ」

 鳥嶋さんと耀ちゃんが何やら話していた。私もその方向に目をやると、マスコミのカメラの列の中に垂れ幕で『那珂文舎オンライン』のロゴが掲げられていた。あの映像配信は私も見たアレです。

「池浪知っとったん?」

「はい」

「言えよ」

 その二人のやり取りに、潮さんは無表情だった。

 

 私たちはステージ正面の中ほどの列に、横に並んだ格好で着席した。女子2人を両側から男性が挟む状態で。

 

 そしていよいよ【全国いじめ防止対策協議会シンポジウム】は始まった。

 まずは開会のご挨拶や来賓の方々のご挨拶が済んだところで、司会進行役の方が現れた。その方はテレビ出演も多い教育評論家の方で、宮本四郎みやもとしろうさんだった。宮本さんによる講演の進行はその流暢りゅうちょうな喋りでスムーズに進められた。

 そして各教育団体による事業の紹介、大学教授の方の基調講演、協議会の取り組み発表、教育学会長の講話があった。

 それぞれに話された内容は、「深刻化するいじめ問題に対応するため、国は6年前から『いじめ防止対策推進法』を施行、それにより教員の育成、研修の充実、いじめの防止教育相談に応じるものの育成が推し進められた」

「社会総がかりで克服することが重要で、いじめ防止等の対策はいじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを確認しつつ、国・地方公共団体・学校・市民住民・家庭その他の関係者の連携の下、いじめ問題を克服することを目指して行わなければならない」

「支援事業内容として、教育委員会のいじめ防止対策支援・教育委員会の研修支援・学校へのいじめ予防に関する教育支援・重大事態など個別ケース相談支援・子供の自己信頼心や社会性向上教育支援」

「教育研究事業内容が、いじめ問題に強い教員養成システム開発・いじめ関係研修プログラム開発」

「それらによって期待される効果は、教員の資質の向上・子供の自己有用感の向上・友人を思いやれる心の育成・コミュニケーション能力の向上」

 これらだった……。

 

 私たち4人は誰も何一つ言葉を発さなかった。それぞれの気持ちは私には知る由もなかったが、少なくとも私の心の中には、言葉にしがたなさが獅子奮迅ししふんじんのごとく渦巻うずまいていた。

 

 シンポジウムも終盤のパネルディスカションでは、やはり司会進行の宮本さんがコーディネーターとなり、会場からの質疑応答が行われた。

 

「では、会場内から質問のある方は挙手でお知らせください」

 

「はいっ!」

 

 大きな声で挙手したのは耀ちゃんだった……。

 

「では、その元気な女性にお願いしましょう、ではどうぞ」

 

 

 

 

「皆さんは、本気で『いじめ』を無くすつもりがお有りでしょうか?」

 

 

 

 

 この巨大な会場が一瞬で凍り付いた。この空間のすべての人が彼女を凝視し、奇異きいの眼差し、もしくは強烈な敵意さえこちらへ注がれたのだった……。

 

「またコイツ……、やりやがった……これが池浪や」

 鳥嶋さんが呟く。

「まったくもって、是々非々ぜぜひひだ。なにも誤っていない」

 潮さんが賛同した。

 

「あ、あなたは自分が何を言っているか分かってますか?これまで何を聞いていたのですか?この会議を侮辱しているんですか?」宮本さんの声が震えていた。

 

「いいえ、侮辱などしていません。自分が何も言っているのかも分かっています。これまでの講演をお聞きした上で、こう申し上げています」

 

「では、どのような施策が君の言う『本気でいじめを無くす』取り組みだと言うのだね」

 パネラーのひとりが耀ちゃんに質問した。

 

「その質問には、私の隣におります、福祉職員の友人がお答えします」

 

「…………」

 

 

 

 

 ええええええええええ!!!

 ちょおおおっとおおお!!!

 あかるちゃああああん!!!

 

 私は完全に彼女にめられたのでした。

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