0447 融合

「このシンポジウムの講演を観覧してみてはどうだろうか」

 

 そう言って潮さんが差し出した新聞の紙面広告は、地方の名立なだたる国立教育大学が共同で主催する、そしてその後援には文部科学省をはじめ、錚々そうそうたる教育関係団体や企業、マスコミ各社が名を連ねる講演会の案内だった。

 

【全国いじめ防止対策協議会シンポジウム】

 

「とても興味深いです。観覧できるなら是非とも申し込みたいです」

「そうか。では君の親友も共に誘ってみられては?」

「本当ですか?!耀ちゃんきっと喜ぶと思います」

 

 あの事件から2か月が経ち、私は怪我の後遺症もなく完全復活できた。この休養期間では、児童心理司の勉強も潮さんの協力の後ろ盾うしろだてもあり思った以上に知識を身に付けられた気がする。潮さんはきっと、私の『いじめ』に対する知識の習熟にも気を遣ってくれているらしい。

 

 季節は百日紅さるすべり。東京も梅雨入りしたと昨日のニュースで報じていた。

 

「行く行く!誘ってくれてありがとう!」

「そっか、良かった。じゃあ申し込んでおくね」

 耀ちゃんからは二つ返事でオッケーが出た。私は復帰してから久々の耀ちゃんとの外出で心躍る気分だった。

 

 そのシンポジウムが開催される会場は、東京駅に直結する高層ビルの巨大講演会場で、様々な国際会議も執り行われる名高いホールだった。

 ビルへ流れる人の波は、精密部品の製造ラインのように規則正しく筋別すじわかれして行く。

 私は耀ちゃんが待ち合わせ場所にどうかと教えてくれた、ビルの3階にあるスタバへ到着したところで、偶然にも同じタイミングで着いたっぽい耀ちゃんを見つけた。彼女もこちらに気付いて駆け寄る。

「早枝ちゃーん!お待たせー」耀ちゃんは今日も笑顔が輝いている。

「耀ちゃーん。よかったー間に合ったよー」自分の心が和むのが分かる。

 

 

 

 

「なんでお前がおんねん」

 

「それはこちらのセリフなのだよ」

 

 

 

 

 私はしばらくのあいだ、誰が誰に話し掛けているのか理解するのに時間を要した。

 私が耀ちゃんをこのイベントに誘った時に、話に聞いていた『面倒くさがりの先輩』が珍しくもこのシンポジウムに興味があると聞いたので、ではご一緒にとお誘いした。私も一度は耀ちゃんのパートナーの方にお会いしてみたかった事もあった。

 そして私は、この事を提案してくれた潮さんも一緒だと耀ちゃんに伝えた所、「病院で何度もお話ししたし、早枝ちゃんが寝ている間も早枝ちゃんの事を色々聞いたんだよ」と極めて不本意な事実を聞かされたショックはさて置き、今日は4人で自己紹介し合う予定だとワクワクしていた。

 ――それなのに……、これは一体どういう状況なのでしょうか。

 

「鳥嶋さん?」耀ちゃんが尋ねる。

「俺は水月を誘った覚えはねえ」

「潮さん?どういう?」私も質問する。

「鳥嶋への返礼はもう済んだ筈だが」

 

 ――うそ……ではなさそうです。

「まさかですが……潮さんと耀ちゃんの先輩さんはお知り合いだったのでしょうか……」

 

「中学から高校までの同級生だ」二人の声がハモった。

 

「ええええええええっ!!!」私たちの声もハモった。

 

 私はこの驚愕の新事実に鳥肌が立つ。このお二人が、私と耀ちゃんが知り合うずっと前から知り合いだったなんて、これはかみ悪戯いたずらか、はたまたあつらえたような邂逅かいこうとしか思えなかった。

 

「まあ、ええわ。おおかた理解したし」そう言って耀ちゃんの先輩さんは私に自己紹介してくれた。

「はじめまして、いつも池浪がお世話になってます。那珂文舎の、鳥嶋とりしま蓮角れんかくと申します」丁寧に私に名刺を差し出してくださった先輩さんは、外見だけは一見いっけん軟派なチャラ男に見えて、雰囲気はとても紳士な方だった。

 <鳥嶋 蓮角>

 ん?蓮角……え?鳥でしょうか……。

 私は知っています。『蓮角』という珍しいを。たしか東南アジアにしか生息しない鳥で、長い足の指と爪で水面の葉の上を歩く綺麗な鳥。鳥嶋さんは苗字も名前もなんですね、なんて絶対言えない!!!

「あ、名前っすか?もしかして鳥に詳しかったりします?」

「えっ?!あっ!はっはい、少しだけ……。あの、蓮角さんて……」

「ええ、うちの親父は野鳥愛好家でして。上も下もなんすよ俺」

「ええ、素敵な鳥です。でも作家先生のお名前みたい」

「あはは~そうですかねぇ~」

 ん?作家?

『その録画映像データは厳重に筆者が今も保管している。<文:鳥嶋蓮角>』

「う、潮さん……。仁科佐亜良さんの疑いを晴らした、あの映像で襲われた記者さんて……」

「言うまでもなくこの鳥嶋なのだよ」

「言うまでもあります!!!」

 私は鳥嶋さんとの握手を心を込めて固く結び続けた。この時やっと潮さんがあの事件に詳しかった謎が解けた。

 

「鳥嶋さんが、早枝ちゃんの先生と同級生だったなんて驚きですよ」

「ああ、ブルーフルーツに辿り着いたのはコイツや」

「えええっ!!!まじっすか!!!」

「ドライブレコーダーの件も、俺が殺されそうになったのも、コイツのや」

「えええっ!!!まじっすか!!!」

「あと、天の川を真冬に作らせたのもコイツやったわ」

「えええっ!!!まじっすか!!!」

 耀ちゃんは何度も飛び上がって驚いていた……。

 

 何だか予想以上に楽しい。楽しすぎる。私はこの時がずっと続けばと心の底から思えたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る