0442 賢明

 その子の名前は〈入間いりま 来世くるせ〉さんといった。奈菜実さんと同じクラスで、入間さんが言うには、今では自分が誰よりも彼女の味方なんだと自負するそうだ。奈菜実さんが言ってた、味方になってくれる一人の女子というのは、この子の事だったらしい。

 自己紹介した私に、入間さんは得意気に自分のそのナイスアイデアを私にプレゼンテーションする。

 

「方法は簡単です。もうあのグループが奈菜実に手を出せないような結果になればいいだけなんです」

 そんなことくらい、私にも分かります。ただその策は、この協力者が居るか居ないかでは実現可能率が格段に違う方法でした。

 

「私が、次に奈菜実があのグループに呼び出されて、いじめが行われる場所と時間を入手します。長内さんたちはそのタイミングで、いじめの現場の動画撮影をしてください。そして、それが学校もしくは警察にでも提出されれば、それだけで終了です。もう奈菜実がいじめに遭うことはありません」

 

 確かに実行可能で成功率・効果ともに高そうなアイデアでした。明らかな証拠が押さえられた悪事あくじは間違いなく根絶ねだやしにできます。

 

「わかりました。やってみましょう」

 私はその賢明な妙案に乗った。そして私は入間さんと連絡先を交換し、すぐさま耀ちゃんに事の次第を連絡した。

 

「そうそう、奈菜実さんが言ってた子」

「早枝ちゃん!すごいよ!モッテルよ!」

「いや~、あっちから気付いてくれたのだけどね……」

「そのアイデアも完璧だね、私にも協力させてね」

「うん、ありがとう。また連絡するね」

 

 春も深まり徐々にが長くなってきていた。足元を見ると、もう随分前に散った桜の花びらが、私の靴先にくっついていた。口元を緩ませながら上げた私の顔を、夕風が弾くように吹き上げ、私は目をつむる。

 兔方輔君の声が聞こえた気がした。

 

「奈菜実を助けてください」

 

 彼のために。

 そして奈菜実さんのために……。

 私は闘うことを決めたのです。

 

 

 

 

 入間さんからの連絡は、それから2日後の朝だった。

「今日の夕方5時に、企業団地内の建設中の社屋で起こります。私は少し早めに、その裏のコンビニでお2人を待ちます」

「わかりました。必ず行きます」

 そこは、ちょうど一週間前に私たちが奈菜実さんを目撃したのと同じ場所だった。きっと今までも、その建設現場が休業の日を狙って、その場所でいじめは行われていたに違いない。

『私も必ず行くから』耀ちゃんも気合十分だ。

 事の準備も完璧に整い、私は先に耀ちゃんと落ち合う場所へ向かうため、デスクを片付けて潮さんに断りを入れた。

「すみませんが本日、私用で早退の手続きを済ませましたゆえ……」

「僕は構わないのだよ。赤心の家かな?」

「ええ、私には幸運のお天道様てんとさまがついてますから」

「まるで高枕安眠こうちんあんみんだ」

「では失礼します」

 

 私が待つ最寄り駅の改札から、疾風のごとく耀ちゃんが飛び出してきた。

「早枝ちゃん、間に合ったよ」

「耀ちゃん、ありがとう」

 私たちは早足で、入間さんとの待ち合わせのコンビニへ向かい、予定通りの時刻に合流できた。

「こちら池浪耀さんです」

「私、入間来世です。今日は奈菜実のためにありがとうございます」

「池浪です。こちらこそ協力してくれて感謝してます」

 

 段取りの打ち合わせは計画通りだ。撮影場所が目論見もくろみより多少移動するとしても、少しも問題ない。いじめの現場が動画として物証になりさえすれば、あとは当事者たちの証言の信憑性に差が出ても、物証が強い。

 

 私たちは建設現場の鉄筋コンクリートにまだ何も施工されていない窓枠部分から、奈菜実さんの姿を確認できた。

「早枝ちゃんいいよ」

 耀ちゃんの合図にスタートボタンをタップする。

『撮影開始』

 自分の手の震えを抑える。映像を次第にズームさせる。人数、性別、人相もとらえた。成功です。

「撮れたよ。オーケー」

 その言葉に耀ちゃんが先に突入してくれた。

 

「くおぉらぁあっ!!! またおめーらがあ!!!」

 

 また中学生たちはその声に驚き、一斉にこちらを振り返った。

 

「奈菜実さん、証拠の動画、残したから!」

 私はこの場に居る全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「池浪さん、長内さん……」奈菜実さんも驚いていた。

 

「入間さんが手伝ってくれたんだよ!」

 

「その子……だれ?」

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