0441 希望

「3年になったから、もうすぐ受験です。もうしばらくすれば卒業してサヨナラできるんです。あの人たちには入れない偏差値高い公立高校に入って見返してやるんです」

 

 私と耀ちゃんは赤心の家の中庭で、奈菜実さんとお話しした……。いじめのことを。

 

「奈菜実ちゃん、いつからあんな風にされてるの?」

 奈菜実さんは少しうつむいて、ちょっとだけ話しにくそうに説明した。

「2年になって新しいクラスになってからで、酷くなったのは、はじめて池浪さんと出会ったくらいです。でも……、いつもウサ君がかばってくれて……。だから何ともなかった。でも、ウ、ウサ君がいなぐなっで、ぼ、もっとひどぐなっで……」

 

 奈菜実さんの両手のこぶしが震えていた。彼女の白い手に、きつく握り過ぎた爪が食い込んで、今にも裂けてしまいそうだった。

 

「でも、もういいんです。何とか避けながらでも、味方になってくれる女子が一人いるので、その子といれば大丈夫そうだし……」

 

 奈菜実さんは私たちの介入をこばんでいるようだった。大人の介入のせいで、これ以上いじめがエスカレートすることは不本意だと言う。

 ことのほか耀ちゃんは悔しそうだった。絶対にエスカレートさせないと言い、学校に乗り込んでやりたいと息を荒くしていた。私もとても悔しくて、その事ばかり考えてしまっていた……。

 

 

 

 

 LED電灯の寒々しい明かりがやけに、いつもより気に障る感じがした。自分がいるこの空間の外的ストレスすべてが集中力を削ぎ落す。

「それは違うのだよ」

「あっ……」

 私は潮さんに心理判定員の勉強を手伝ってもらっていた。だけど完全にうわそらだと自覚していた。

「大丈夫か?」

「す、すみません……」

 私は、奈菜実さんのいじめの話を潮さんにしてみた。しかし……。

「今の学校教育制度、つまり憲法の定める義務教育の仕組みのままでは『いじめ』は滅せられないと僕は考える」

「そんな……あっさりと……」私は机上から蹴落けおとされた気分だった。

の場合についても、慎重に現状の事実確認などの上で動くべきだと思う」

「は、はぁ……」

 

 私はこの上ない孤独感を感じたまま帰宅した。耀ちゃんは奈菜実さんをどうにか助けたいと言っている。こんな時にこそ私に知恵を与えてほしい彼には、正論で突き放されてしまった……。

 私の枕元で、いつもその可愛さを携えている、癒しマスコット『ネモフ』。そのモフモフ感とロボ玩具としての機能は、今の私のすさんだ心を潤してくれた。

「ねえ……ネモフ」

「もふもふ~」

「目の前に泣いてる子がいたら誰だって助けるでしょ?」

「ふにゃ」

「…………」

「ネモフ、オルゴールかけて」

「おるごーる、えんそう」

 ネモフからオルゴールの演奏が流れた。ピノキオの曲、えっと『星に願いを』です。私は何でもないのに、この曲を聞いただけで涙が出てきてしまった。

 ピノキオは、はじめは人間でなくて悲しい事がいっぱいあったけれど、人間になれて幸せになった。誰にだって幸せになる権利はあるはずなのに……。

 私はそのまま寝てしまっていた。

 

 翌朝、私は耀ちゃんに相談して、奈菜実さんと『一緒に帰る』事だけなら、介入にはならいよねと話し合った。

 耀ちゃんは私に、『奈菜実ちゃんの様子を見てあげて欲しい』と心配していた。

 

 私は中学校に、3年生のおよその下校時刻を確認してから、校門の前で奈菜実さんを待ってみた。しばらくして、私はひとりの知らない女子生徒に話し掛けられた。

 

「奈菜実の施設の方ですか?」

 

 その子は、ポニーテール姿に薄くファンデーションをしたような、芸能人アイドルのような愛嬌がある女子生徒だった。

 

「は、はい。施設の関係の者ですよ」

「そうなんですね。奈菜実が言ってました、黒縁眼鏡に直角前髪のおさげのお姉さんの事を。奈菜実を助けてくれる人だって……」

「あ、ああ。そっか、そうなんだ」

 私は少し嬉しかった。そんな風に思ってもらえて……。

「あの、私にいい考えがあるんです」

 

 私はその子から、奈菜実さんをいじめから守る、あるアイデアを提案されたのでした。

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