0439 憂慮

「奈菜実のそれ、スゲーいいじゃん」

 

「えっ?!ホント?なんか嬉しい……」

 

「その色、どうやったの?」

 

「藍の地色の釉薬うわぐすりはね、窯入れの後に見たら自然にグラデっぽくなってたの」

 

「その銀箔、細かすぎ……」

 

「切り貼りするの大変だった……。細かいから、何回も何回も窯入れして釉薬を重ねていった」

 

「コレ、人魚姫?」

 

「そうそう、夜の海」

 

「濃藍の夜の海に、浮かぶ金箔の月と、遠くの銀箔の帆船はんせんを、人恋しく眺める人魚姫……かな?」

 

「ウサ君、詩の表現技法にけてるよね」

 

「なんだよ~、難しく言うなよ~」

 

「私好き、そういう才能」

 

「かはっ、いいよその七宝焼しっぽうやき、オレ好きだよ」

 

「ホントに?じゃあもらってよ、ウサ君にあげる」

 

「えっ!マジ?じゃあカバンに付けるよ」

 

「大切にしてね」

 

 

 

 

 奈菜実さんは、私たちに話してくれた。

 

 彼とのことを……。

 

 その男の子は、奈菜実さんと同い年の14歳で中学の同級生、クラスも同じで奈菜実さんとはとても仲良し。奈菜実さんのクラブ活動で製作する七宝焼きを、いつも上手に誉めてくれて、奈菜実さんが困った時にはいつも助けてくれる彼女の善き理解者……だった。

 

 その彼、〈 もり 兔方輔とおすけ 〉君は、あの無差別殺傷事件で亡くなったもう一人の被害者の男子中学生だった。

 

 奈菜実さんは続けてくれた。

 

「私は兔方輔君を、ウサ君と呼んでました。ウサ君はすごく気の優しい男子で、いつも困ったクラスメイトを助けてあげてました。何故そうするのか聞いたら、お父さんのだって言ってました。優しいウサ君は……こ、こんだ私でも……やざじくしてぐれて、いづもだずげてくれて……。なのに……」

 

 彼女はボロボロとその大きな瞳から涙を流しながら話し、悔しがった。その涙が彼女の制服に落ちて、少し弾いてから染み込んだ。

 耀ちゃんは彼女の制服を整えてあげていた。カバンの中の物も綺麗にして仕舞ってあげていた。膝の擦り傷には私の絆創膏を貼ってもらった。

 

 

 

 

 彼女は同級生から尋常でないほどの

『いじめ』を受けていた。

 

 

 

 

 児童養護施設で生活する小中高生は、その地域の学区に通学するのが通例だ。赤心の家で生活する子どもたちも、施設から通学している。

 私たちが彼女を見掛けた時、たしかに下校時刻だったものの、明らかに異変を感じた。というのも奈菜実さんは、数人の同級生にを掴まれていた。そして今日は誰もいないであろう、建設現場の建物の中に入って行ったのだ。

 私たちが中の様子をうかがった時には、奈菜実さんは地面に転ばされた上に、土足で踏み付けられて、カバンの中身を地面に放り散らされていた。

 その瞬間、耀ちゃんが物凄い声高こわだかに中学生に怒鳴りつけた。

 

「なんならおめぇら、てんくらか!」

「おどりゃー!ぶちくらわしたろうか!」

「へーごにのったらおえんどー!」

 

 その怒号どごうに中学生たちは一瞬かなり驚いた様子を見せたが、私たちが女性二人組の補導員か何かに見えたのか、何もなかったかのように涼しい顔で立ち去った。

 

 私が拾い上げた彼女のカバンには、紺色の七宝焼きが付けられていた。それは奈菜実さんが兔方輔君の葬儀で、彼のお父さんからもらった、兔方輔君が最期まで自分のカバンに付け残っていた、忘れ形見だった。

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