0436 存在

 あの子がこれから歩む道が少しでも緩やかな明るい気運きうんでありますように。

 

 きっとお母さんもそう願ってるよ。

 

「開くん、大きくなってね」

 

 私は心の中だけでそう呟いた。

 

 

 

 

 施設の集会室は、四方の窓から差し込む外の光が、空気中の粒子までキラキラ輝かせている。

 高い天井にある天窓から、春の陽射しが真下に差して、集まっている子どもたちを包んでいた。

 

「きゃははは」

 

 笑い声がしている。集まっている子どもたちの輪の中に、開くんも入れてもらっている。私の胸が少しだけギュッとなる。

 

 子どもたちはとても楽しそうに、お姉さんとトランプをしていた。

 

 たぶん私と同じ年ごろのお姉さん……。でもそのお姉さんは、どことなく施設の職員さんとはちょっと違うのです……。

 

 その彼女の周りが明るく光っている気がした。天窓の陽射しが彼女に吸い寄せられて、反射して……耀り返して見えた。

 

「いけなみさんの番だよ」

「ああっ、そうだったね、はーい」

 

 いけなみさん……。

 その人の綺麗な小豆色あずきいろの髪がふわり揺れた。

 

「きゃはっ」

 

 ババ抜き……かな。

 私はほんの一畳ほどだけ遠くから、いけなみさんの真後ろに立ってその様子を眺めていた。

 

「えええっ!ババ引いた?!」

「きゃははっ」

 

 まあ……。それは残念ですね。

 

「もうー、りくくんも奈菜実ななみちゃんもみんなババ抜き強いなあー。かいくんも、全然ババ引かなかったねー」

 

「うん! ボク、つよくなったよ」

 

 強く……なったね、開くん。

 私は開くんの何気ないその言葉を、天国に届けられたら……。そう思った。

 

「あの、池浪さん」

「奈菜実ちゃん、どしたの?」

「出版社の仕事って、楽しいですか」

 

 出版社?の人なのでしょうか……。

 

「うん! とっても楽しいよ! 時には楽しいことばかりじゃなくて、大変な事もあるけれど、大変な事を乗り越えた時に感じる楽しさは、もっと大きいんだよね!」

「そうなんだぁ……」

「興味あるのかな?」

「将来の夢は……いくつあっても構いませんよね?」

「もちろん! 奈菜実ちゃんの年頃は私もそうだったなあ……」

「どんな夢がありましたか?」

「そうだねえ、小学校の先生…とか」

 

 それ、私もです……。

 

「あはっ、池浪さん似合いそう……」

「嬉しいな……」

「ぼくはね、けいさつかんになるよ」

「へえー、陸くん、すごいねー。きっとなれるよ!」

「えへへ、そうだよねー」

「じゃあ、これからがんばるで賞に、ふたりにはこの、ブルーサンドストーンをあげまーす」

 

 石?すごく綺麗です……。

 

「かっこいいなまえだね」

「すごくきれい……」

「ブルーサンドストーンは『努力が実る』っていう力があるんだよー」

 

「それ、とても綺麗な石ですね」

 

「えっ、わかります?」

 

 やはり私は、思わず声に出してしまいました。

 

 だけどこれが、彼女と私との初めての出会いだったのです。

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