0434 意識
「ご両親を……亡くされてるのですね」
「うん。そうだ」
まったく知らなかった。私が彼を意識しなかったからなのでしょうか。彼が私に意識させないようにしていたのでしょうか。
眠る開くんの
今までふいに、ある一瞬だけ彼から、いつもの彼でない雰囲気を感じることがあった。どこか弱々しく透明な……。
町田所長は、開くんが目覚めるまで傍にいてくださると言われた。
そして私はこの日も、何人もの傷付く子どもたちの心に
「遅くなっちゃいました……」ひとり言だった。
「遅くまで、ありがとう」町田所長だった。
「えっ! いえっ! 皆目問題ありません!」
「あはは、似てきたかしら」
「潮さんですか?やめてください」
町田所長は、彼のことをどう思っているのでしょう。無性に訊いてみたくて声に出てしまった。
「あの、所長……」
「なに?」
「所長は、以前から潮さんとお知り合いでいらしたのですか?」
「そうそう、潮さん言ってたかしら」
「いいえ。聞いてませんが……、はじめ潮さんは所長を、町田先生と呼んでたので……」
「あはは。そっか、昔の癖かな」
夜の静まった児相は、昼間の騒がしさとは
「昔から……なんですね」
「うん。長内さんは彼のパートナーだものね。あなたは知ってていいわね」
「はい?」
「彼は中学生で両親を亡くして、児童養護施設で18歳まで過ごしたの」
「今日、ご両親を亡くされてると聞きました……」
「そっか。私はね、東京で復職する前は、大阪で児童養護施設の施設長を経験したの。彼はその時の教え子って感じかな」
「お、大阪ですか?!」
「そう、私も潮くんも大阪出身よ。もう標準語だけどね」
「そ、そうだったん……ですね」
会話の様子だけでは、予想もしなかったことです。町田所長と潮さんが、かつての師弟関係だったなんて……、潮さんは単に目上の大先輩を『先生』と敬称していただけではなかったんだ。
しかも、二人とも大阪出身だなんて……。一切として『
「長内さん、佐渡開くんをお願いしますね」
「はい。わかりました」
2日後、佐渡美佐子さんの葬儀が執り行われた。
地域関係者や官公庁からも大勢の参列者が、また美佐子さんが命を救った小学生たちの家族の参列も多くあった。私たちは開くんと一緒に席に座っていた。
ただ……、開くんは席から一歩も動くことができなかった。大好きだったママの顔を見ぬまま。そして今も私は、火葬場に入れぬままの開くんと、道端の巣へ向かう
「仕方のないことだろう」
「ええ、そうですね」
親との死別は、子どもの反応もそれぞれ大きく違う。平気にふるまう子、泣ける子、泣けない子、怒る子、どうしたらいいかわからない子など、彼らの素直な感情を出来る限り尊重してあげたい。そう潮さんは言った。
その彼の遠くを見る眼差しは、いつも通り優しかった。
高い煙突の向こうの春の空は、今朝から変わらず白み
――数日後
「少しずつ落ち着きつつありますが、本人はまだ母親との別れを受け入れられていない部分があるように感じます」
「わかりました。時間をかけて、ちゃんとお母さんとお別れできる日を、開くんと一緒に迎えたいですね」
――私たちは、開くんが入所することに決まった、児童養護施設の施設側の担当ケアワーカーさんと打ち合わせをしていた。
「ここは、古民家みたいな造りだけど、丈夫でしっかりしてるの。入所している子どもたちの年齢層も広いし、開くんと同い年の男の子もいるわ」
「そうなんですね」
「うん、そうそう。ねえ、陸くん、陸くん」
「なあに?」
「あさって、同じ年長さんで、一緒に一年生になるお友達がくるよ」
「へええ、そうなんだあ。楽しみだなあ」
私は少しホッとした。これから開くんの生活環境に変化があることが、やや不安だったからだ。安心して、打ち合わせを終えた私たちは、施設をあとにする。
「これから頻繁に、ここに通います」
「そのようだな」
潮さんは城門のような大きな入口の前で、木彫された施設の名を見ていた。
『
――ここが、これから開くんが入所する児童養護施設になりました。
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