0433 叫喚

 残された子どもへ親族が亡くなった事実を伝える場合、そのタイミングがあまり遅くなってしまうことは良くない。ともすれば、その重要な役割は児相にあることが大半だ。できれば子どもには落ち着いた静かな場所で、子どもが不安がらぬよう大人の人数は最小限にして、担当ケアワーカーがしっかりと寄り添う必要がある。

 

 町田所長は丁寧に、開くんが分かる言葉でゆっくりと話した。

 

「開くんは春から小学校一年生だよね」

「うん」

「もうお兄さんお姉さんの仲間入りよね」

「うん」

「これから私がお話しすること聞けるかしら」

「きける」

 開くんの受け答えはしっかりしていた。年長児にしては随分と……。

「開くんのパパが、開くんが赤ちゃんのときに死んでしまったことは、ママは教えてくれたよね」

「うん。しごとのじこ」

「そうだね」

 

「ママもしんだって、ほいくえんでいわれたの」

 ――ほんのわずかその場がシンとした。

 その僅かな間に、彼が見上げた高窓から入り込む光が、流れの早い雲の影を机上で動かして消した。

 

「うん。開くんのママはね、たくさんの子どもを悪い人から守って死んでしまったの」

 

「でもママは、いつもボクのにいるって、せんせいがいってたから、かえってこれるんでしょ?」

 

 とてもショックだった。子どもに事実を説明する際、現実とかけ離れた『お星様になった』や『見守ってくれている』など、子どもの理解に混乱を生む歪曲わいきょくさせたような伝え方は決して行ってはならない。

 

「一度でも死んでしまった人は、戻って来られないのよ。人も動物も同じなの」

 

「いやだよ。ママいるよ。おしごと、おそくなっても、かえってくるっていうもん」

 

「開くんのママは仕事じゃないの。死んでしまった人とは、ちゃんとお別れしなきゃならないのよ」

 

「ボクのせいないの? ボクがきらいになったの? まほうでいきかえらないの?」

 

「ママはどうしてボクをおいていったの? どうしてわるいひと、ママにげなかったの?」

 

「どうして、よそのこどもをたすけたの? ボクよりだいじだったの?」

 

 

 

 

「どうしてボクを、いっしょにつれていってくれなかったの?」

 

 

 

 

 私は、胸が詰まって声が出なかった。込み上げる悲壮感に背中を焼かれる思いがした。

『僕も一緒に行きたかった』

 彼の率直なその気持ちが、私のこの胸の胸懐きょうかいをえぐり取った。

 

「そうだね、寂しいね、ママと一緒にいたかったね、こわいね。でも、開くんのママの代わりにみんなで開くんを守るからね」

 

 町田所長が、開くんをそっと抱き寄せ、彼の背中を撫でていた。

 

 彼はここに来てから、初めて涙をみせた。ぼろぼろとこぼれる涙でシャツの袖が濡れた色に変わっていった。

 ママ、ママ、ママ、と何度も愛する人を呼びながら、こぼれる涙を袖で拭った。

 

 何度も大声で母を呼び、泣き続けた。響く彼の叫喚きょうかんが、彼が最期にどうしても母に伝えたかった、愛しすがる声に聞こえた。

 

 

 

 

 開くんは泣き疲れて眠ってしまった。彼の透明な肌の頬に残った涙の筋は、まだ無くなる時を見ないでしょう。

 だって目が覚めた時、やはり彼のそばにママはいないのだから……。

 

「開くんは今晩から一時保護所にて過ごしながら、児童養護施設もしくは里親も視野に手続きが進められます」

 私は潮さんに話し掛けることで、自分の騒ぐ心を落ち着かせているみたいだった。

「虐待児に関するものは近年多くあるが、親と死別した子どもに関する研究知見は極めて少ない。これから彼は、この現実を受け入れ、乗り越えるまでに、今まで感じたことのない数多くの衝動に襲われるだろう」

「はい。そう思います」

「大人が考えもしない行動や、思いも寄らない発言をすることもあるだろう」

「はい」

「でもそれは、彼が受け入れ、乗り越えるための大切なプロセスなのだ。彼を見守る大人は、十分そのことを理解した上で対応しなくてはならぬ」

「そうですね」

 

「僕も両親と死別している。だから分かる」

 

「えっ……」

 

 私はまだ、私のパートナーのことを少しも知りませんでした。

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