0329 狼狽
「これは耳に付けろ、僕の声が届く」
「そしてこのグローブも付けろ、冬だから目立たん。相手は刃物だ」
「たぶん僕からは犯人の正確な位置までは見えない、だが犯人はあの駐車場に潜み、今晩必ず鳥嶋蓮角を襲う」
その理由は簡単だった。水月は俺の実名でSNSアカウントを作って日々の生活を勝手につぶやいていた。そして今晩のことも……。
いよいよ、この作品もフィナーレを迎えると水月は
「もしも貴様が殺されそうになっても、僕が命懸けで守る」
「マジで顔が
そして俺は、本当に殺されそうになった……。
「危なかったのだよ。鳥嶋」
「おせえんだよ。出てくんのが」
辺りは
俺がズッコケたその直後、一斉に照明が灯った。もう少し遅かったら、マジで刺されてたかも知れない。
俺に襲い掛かった奴は、隠し撮りに映ったあの暴徒の若造だった。照明に自分が照らされた瞬間、抜く手も見せずその場から消えようとした……。だが無理だった。
「ぬうおおおおおおおおっ!!!」
「ぐおわあああ!!!うらあああ!!!」
叫び暴れる若い男を数人の刑事が、乗り掛かって押さえ付けていた。
そして……。
「出てくんな!出てくんな!出てくんな!」暴れる若い男が叫ぶ。
「
そう彼の名前を呼んだ女の声が、俺にはあの音声の声のように感じた……。その女は両脇を刑事に掴まれ、『出てくるな』と叫んだ、暴れる彼の前に座り込んだ……。
「ごめんね、純春。アンタにこんな事させてごめんね」
その話し方は……東北
それを聞いた彼の、
――数日後
俺は始業前のオフィスで、自席のパソコンの前に座り、LINEにログインした。そして俺の依頼主とのトーク画面を開いている。
[部屋は片付いたか]
[手伝いに来る言うたやん]
[すまぬ。急用だった]
[概ねハッキリしたわ]
[どうだったのだ]
[那智寿美香と那智純春は姉弟だった]
[やはりそうか]
[ふたりの母親は、十数年前に岩出弥彦が不起訴になった強制わいせつの被害者で、その後に気を病んで自殺してる]
[それで?]
[姉の寿美香は二十代前半の時に母親の仇の男を知り、その人権活動家に近づいた。その時に知り合ったのが、サアラ・ヘルシラグさんだ]
[関係は?]
[ただの友人。特に彼女に恨みがあったわけではないらしい。ただ当時サアラさんも岩出にしくこく迫られてたのを知ってて利用したんだと]
[弟の釣りの線は?]
[純春は去年から毎日のように若洲海浜公園で岩出を観察してた。そのうち釣り人として次第に顔見知りになり、岩出の方から親しくしてきたらしい]
[犯行は?]
[二人でやった。岩出を刺し殺したのは純春だ。寿美香はその晩の最終夜行バスで秋田に戻ってる]
[その日の最終だと?]
[そうだ。となると時間的に被害者は刺された後しばらく息があったことになる。たぶん倒れたまま数時間後の満潮で海に浮かんだんだ]
[そうか]
[ところで水月]
[なんだ]
[なぜあの音声で東北の女やと思った?]
[なんとなくだ]
[おいっ]
[あの、ダメダナ、は物真似ではなかったのかも知れぬ]
[意味不明や]
[方言には無アクセントという発音があってその場合、橋と箸や雨と飴などは単語では同じに聞こえる。あの音声はほぼイントネーションを殺しているから判別不可能なのだが]
[んだば?]
[最後だけ仮に、雨だな、と言ったのならと思ったのだよ]
[それってたまたまやん]
[妄言多謝]
[あ!そういえば報酬とどいた!サンキュー!よく手に入ったな!]
[ご主人に頼み込んだ]
[お前それ合法なんやろな]
[鳥嶋]
[なんやねん]
[ありがとう]
[ ( *´艸`) ]
最後に顔文字を打って、俺はLINEのトーク画面を閉じた。
そして早速、俺への報酬、京都の銘菓『天の川』をこの静かなオフィスで堪能することにした。
まさに夏の夜空の天の川が和菓子になってる。
「今朝は早いですね鳥嶋さん、おはよ……。えっ、うそ、それ!天の川じゃ……」
「あれ、池浪はん、えろうお早いどすなあ~」
「この季節に……それ、夏季限定のハズなんですけど……」
「ええ~ずいぶん前にオススメされとったやろう~。食べとうてワテの権力で手に入れてもうたんやわ~。おほほほ~」
ここに俺の池浪へのリベンジは見事に完了したのだった。
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