0328 対峙

「私共、若洲海浜公園の事件を捜査している、本庁の特別捜査本部の者です」

「それはそれは。私、ディスパッチの編集長をやってます宮藤孝太郎です」

 

 ――編集長は、警察の対応は基本的に自分がするから、俺には横に居て援護しろと指示くださった。そして刑事たちは応接室に通された。部内は騒然としていたが、驚いている池浪の顔がめちゃくちゃオモロかった。

 

「鳥嶋、ブラインドすべて開けてくれ」

「はい!」

 応接室はしっかりした個室だが、ブラインドを開けると全方位丸見えになるアクリル製の透明ウォールだった。それを見た4人の刑事たちは途端に怪訝けげんな表情をする。二人ずつソファーに座った刑事たちの中で、たぶん50代の一番偉いであろう太い眉毛の刑事が喋り出す。

 

「とんでもないスクープ記事を書いてくれましたね」

「おう、ご覧いただけて光栄ですね」

「あの記事の根拠を聞かせてもらいましょうか」

「あのままです」

「一体どこの誰のことを書いてるんだ」

「我々が突き止めた人物ですよ」

「だったら、ささっとその人物の情報を提供してもうらおうか。アンタの上のモンはいないのか?」

 

 俺は知っている……。編集長のこの飽和状態がいかなるものか……。まず『お客様は必ず下座に座ってもらえ』といつも言ってる編集長が『下座』に座っている。その三人掛けに独りで座るこの方の後方に、気を付け休めの体勢で真っ直ぐ正面を見て立っている俺からは、めちゃくちゃ浅く座りった恰好で長い足を『Tの字』に組んだウチのボスがついに覚醒しちまったように見えた。

 

「まずオタクら相手にウチのデスクが出る幕はない。それと何か勘違いしてねえか?ウチは警察に協力しねえとは言ってない。オタクらが欲しい情報をウチが持ってるなら、可能な範囲で差し上げましょう」

「じゃあ……」

「その前に、オタクら何しに来たんだ?ウチに何かを頼みに来たんじゃねえのか?だったらまずその高慢な態度を改めてもらおうか!那珂文舎をナメんじゃねえ!」

 

 ――相手が完全なアウェーであることを思い知らせ、相手よりも優位に立つことで物事をスムーズに運ぶテクニック……。この人が入社十年で編集長になった理由が分かったような気がした……。

 

「こ、こちらとしても、犯人逮捕に全力で捜査を進めていることもあり、是非とも那珂文舎さんと協力させていただければと、か、考えています」

「じゃあ~鳥嶋蓮角くん、警察の方々の質問に答えて差し上げようか~」

 ――怖い……。この人も奴と同じ、敵に回しちゃいけない人だ。

 

 警察には、水月が名付けた『犯人釣り上げ作戦』の概要だけ話した。捜査の進展に過敏になっている犯人は必ず記事を目にする。そして不安に駆られた犯人は絶対に映像データを奪いに姿を現す。そして見つからない場合……必ず『鳥嶋蓮角』を襲うと。ただ、単独犯か複数犯かについては、今は腹の中に仕舞しまっておいた。

 だが驚いたことに、こちらの情報とも共通する部分で、警察もひとりの女の存在にたどり着いていたようだった。

 ――那智なち寿美香すみかという名前の女に……。

「その秋田出身の女、何者なんですか?」

「詳しくは言えませんが、岩出弥彦を怨恨の線から洗い出した所、動機がある人間は山ほど挙がりました。まあ、その中の一人ですわ」

 

 俺は続けて、太眉刑事に質問した。動画を見た事は内緒にしたままで。

「犯人に繋がる、釣り動画の音声が存在したと聞きましたが?」

「はい、そうです。音声が容疑者を絞り込む重要なポイントだったのだが……」

「記事によってくつがえされた?」

「そうですよ」

「でもその動画、何も釣れてないんですよね?一体誰が撮ったんですか?撮影者が機材を回収したのは何時頃ですか?」

「それが……。不明なんです」

「不明?」

 ――それが、匿名で身元特定不可能なメールアドレスから、ファイル転送サービスで添付送信され提供された動画だったのだと、この時に初めて知った……。

 

 そしてついに、『文:鳥嶋蓮角』の自宅が暴徒の襲撃に遭うのだった……。

「マジかよ……」

「派手だな」

「最悪やわ」

「予想以上なのだよ」

「しばらくお前んちに住ませろよ」

「そのようだな……」

「ちゃんと撮れてるか?」

「鳥嶋、完璧なのだよ」

 水月が目論もくろんだ『家探やさがし隠し撮り作戦』も完璧だった。隠し撮り映像には、施錠せずに開けっ放しだった俺の部屋で、荒らし放題の人物が映っていた。

「男だな」

「なんか若くね?」

「20代前半か……10代かも知れぬ」

 

 この混沌とした状況が、俺の感情をやけにザワつかせた。この映像の「お前は誰なんだ」と言いたくなるようなこの事件が、早くこれ以上誰も傷付くことなく解決してくれることを切に願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る