0327 擬装

 ――共犯がいる。その言葉に今この解っている状況が見事にくる。

 

「釣り仲間の中に?」

「そうだ、きっとその中にひそんでいて、いつも岩出を監視していただろう」

「それだったら、いつ釣りに来るのかも聞き出せる」

「そのあいだ、女はのんびりと待機だ。共犯はたぶん男だろう……もしかすると実行犯本人。その男がこの動画提供者だが、警察が協力者の身元まで調べたかどうかだな」

「犯行現場には、声の女と動画の男、そして被害者か……」

「カメラ機材が回収されたタイミングは不明だが、第一発見者よりも前ということだろう。その後なら警察がに気付かないはずがない」

「警察は行き詰まる捜査段階で、提供されたその動画の内容だけに釣られてしまったか」

「そうでなきゃ、そんな動画提供者が一番事件を目撃してる可能性や、犯人に繋がる情報を知っている貴重な存在だと判るのだがな」

 

 水月の部屋には一風変わったインテリアが割りと多いと思う。でもそんな中にも俺の知っているものがあって少し嬉しい。

 あのガラスの地球儀に青い液体の入ったティーポットに似て非なるあの物体は、実は天気を予測する『ウェザーボール』だ。

「水月あれ、今は低気圧?高気圧?」

「低気圧だ」

 

「たしか、犯行当夜は寒気が緩んで夜半前から雨やったハズやな」

「犯人は犯行後、間違いなくズブ濡れだ。そして逃走に車両を使ったとしても、車はかなり遠くに停めてると思う。周辺では、逃走車両の防犯カメラ映像に必ず引っ掛かるからだ」

 

「犯人はドライブレコーダーに撮られたことにしよう」

「はああああ?」

 

 いつも水月が言い出す戯言ざれごとは、ことのほか楽しんでる俺だったが、子どものごっこ遊びじゃあるまいし『〇〇ってことにしよう~』『そうしよう~』って状況じゃねえってこともすっ飛ぶくらい、今コイツは忘我ぼうがの中にいるらしい。

 

「そんなワケないやん。車に会ってないかも知れんやん」

「それなら、それでいい」

「ほなら意味ないやん」

「鳥嶋」

「その鑑真像の顔やめろ」

「例えば貴様が、会社をサボって遊んでたとしよう。その日は徒歩だったが一台も車とすれ違わなかったのだ。だがしかし翌日、サボった鳥嶋がドライブレコーダーに撮られたと聞いたら?」

「マジか!?どっかで撮られたかも!!と思う」

「そして……その映像が、とある場所にありますよ。と知ったら?」

「もらいにいくやろ」

「では記事に、映像はが持ってますと書いてくれ」

 

 ファンタジーの世界の中の、よく城から城へ空を飛んで行くシーンで、眼下に広がる広大な自然の中に見える農村や街の人々を眺めながら、真っ青な空に向かって風を切って飛ぶ自分が容易に想像できた。

「今なんか言った?空飛んでたから聞こえんかった」

「恐怖で気でも触れたか?つまりドライブレコーダーに撮られた犯人の映像データは、鳥嶋蓮角が持っていると記事内で公言してくれ」

 

「断る」

 

 水月は黙った。そして静かに呟いた。

「そうか……。そうだろうな」

 水月はあっさり納得した。それは普段とは真逆で予想外な反応だった。いつもなら、まったくもって〇〇〇〇!と来る状況だ。

「なんやねん」

「鳥嶋、さっき僕の勘が3割ほどにしか見えないと言っただろ?」

「ああ、盛っても3割や」

「その通りなのだよ」

「どういう意味だよ」

「記事になればすべて解る。今は3割だが、その時きっと10割になる」

 ――加えて水月は、サアラさんが『無実の罪を絶対に認めない』と言った根拠は、彼女が警察に同行する直前、息子に『お母さんすぐ迎えに行くから』と言えた理由わけが無実だからなのだと言い切った。

「ホンマやらしいやっちゃ。しゃあない書いてやろかい」

「まったくもって、恐悦至極きょうえつしごく。これで舞台設定は完璧だ」

「楽しそうだが、はなはだ不謹慎やぞ。人が死んでるんや」

 

「この作品は、被害者が海で釣り上げられなかった犯人を僕たちが釣り上げる、疑似餌ぎじえ釣り劇だ」

 

 是非とも公衆こうしゅう面前めんぜんでは、そのくちは謹んでいただきたい。

 

 そして満を持して発売された記事が世に出回った直後、俺にはデカいイベントが訪れる。

「鳥嶋蓮角、行くぞ!いよいよお出ましだ」

 ――いつもイイ匂いをさせている宮藤編集長が大声で俺を呼びに来た。

「かあぁっ!待っとったでぇ!」

 

 それは、我が那珂文舎ディスパッチ編集部にわざわざ訪ねて来なすった、警視庁特別捜査本部の刑事たちだった。

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