0326 忘我
あれは犯人からの警告だったのだろうか……。
これ以上ヘタなマネはするな。という意味だったのだろうか……。
俺は夜ひとり、もう誰も残っていない編集部で
やはり気になるのは、岩出弥彦とサアラさんを知る、たしか名前が……
水月は、なぜあの条件で関係者を絞り込んだのだろう。
あの動画の音声に、一体何を感じ取ったのだろう。
何を根拠に突拍子もない仮説を。
何を根拠にドライブレコーダーの映像を。
そんな事をぼんやり考えながら、俺は編集部の照明を消灯し扉を施錠した。
そして社員専用の北側エレベーターを使い、時間外通用口で社員証と署名のチェックを受ける。
夜はとっぷりと辺りを闇で包んでいた。その闇の奥から吹き込む、乾いた冷たい風がやけに不快だった。その不快な闇とともに俺の全身を包む
「社用車で帰らせてもらえるって所だけかな……今のところ安心できるのは……」
そう独り言を呟きながら、駐車場までの暗い道を独り歩く。
さっきまでの雨に黒く濡れたアスファルトの砂が、俺の革靴でジャリつく音がする。
そして次の瞬間だった!!!
俺とは別の靴音が激しくジャリついた音の方向に視点を変えた一瞬!!!
「!!!」
真っ暗闇の中の、真っ黒い物体が人間だと、自分の方へ突進されて来ても瞬時に判断できた。
俺から見えるこの瞬間だけ、とてもゆっくりと流れるスーパースロー映像のような音の無い空間になって見えていた……。
「敵は絶対に前後からは来ぬぞ。左右どちらか横からだ」
水月の言ってた通りだった。敵は俺の左側、10時の方向から飛び出してきた。
そして、こちらに突進するその黒い物体が、瞬間的にその真っ黒い手の中に光を反射させた刃物を持っていることも、咄嗟に見て取れた。
「必ず刃物で来る。
その一瞬の判断の迷いだった……。
「!!!」
ヤバいっ!!!
俺は回避と防御のその瞬間、後ろへ体勢を
これで俺は殺された。やっと楽になれる。すべて終わったんだ……何もかも。
「ガッシャーーン!!!」やっと通電しやがった。辺りは
「危なかったのだよ。鳥嶋」
「おせえんだよ。出てくんのが」
――俺たちの完璧なシナリオは、ここに見事なフィナーレをすべての観客に披露して魅せた。
そのプロローグは水月の部屋にある、女神フォルトゥナの置時計の秒針とともに、何日もさかのぼる……。
俺はあの時『記事にすればいいのだ』と言った水月が、本当に恐ろしい男だと実感し自分が味方側の人間で良かったと、しみじみ考えていた。
「ダメダナ……。芽恋ダメだな……」
「あん?」
水月が言うには、サアラさんが息子に注意するとき『ダメだな』という独特な言い回しをよく使っていたそうだった。その言葉が、動画音声の最後には確かにあった。
「仮に佐亜良さんでない人物が、カタコトを物真似したとしても、この音声の中の取り留めのないタイミングで、一体何が『ダメダナ』だったのだと言うのだ」
「何か『ダメ』だったんやろ?」
「その前に、被害者の『なんだお前』『なんだその口のきき方』も言う相手によれば、かなり不自然なのだ」
「相手が誰なのか認知してるってこと?」
「そして最も不可解な『お前そりゃまるで…』の意味」
「まるで……何やったんやろ? そりゃまるで〇〇じゃねえか……的な?」
「やはり、犯人は佐亜良さんを
「速やかに黙らせるために相手の喉を……、計画は首を刺す予定ではなかった?」
「そして雨が降ってきた」
「ダメだ失敗だ……か?」
「まあ、いずれにせよカタコトの日本語作戦自体は、完璧なのだよ」
「そして見事に警察の眼をサアラさんへ向けさせた……」
「だがな鳥嶋」
「なんだよ」
「そもそも音声として残らなければ、物真似しても何の意味もないのだよ」
「あ、ホントだ……」――そんな簡単なことに気付かなかった。犯人は録音されていることを認識した上でサアラさんを物真似したんだ……。
「そもそもコレは、釣り動画としてあり得ないのだよ。無人で釣竿だけ放置して、もし釣れたら誰が釣り上げるのだ? 定点カメラの動画撮影が、仕掛けた罠の回収ありきならまだ理解できるが、これは釣りとして成立してない」
「てことは……。この撮影者は」
「女には共犯がいるぞ。しかも恐らく釣り仲間の中にだ」
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