0325 施錠

かみあらず……ですか?」

 

「そうそう。パレスチナ情勢が悪化し始めた当時、日本で人権活動家として岩出弥彦はカリスマとして崇められ、近付いたユダヤ教の外国人女性は片っ端から騙されたそうだ」

下衆ゲスですね……」

「強制わいせつの疑いで一度だけ逮捕されたが、不起訴になった記事が記憶にある」

「不起訴……」

「叩けばどれだけでも埃は出るだろうし、買った恨みは計り知れない男だ……。そして今回の結末は自ら招いたか、それとも……」

「編集長」

「ん?」

「八重樫に代わって、俺に書かせてほしいんです」

「はああ?」

 

 俺は、宮藤編集長に理由わけを話し、一緒に嘉多山かたやまデスクの元へ付き添ってもらった。

「あのねえ……鳥嶋く~ん。たのむよ~」

 デスクは顔をしわくちゃにして困惑していた。そりゃそうだ、何の裏付けもないどこの誰だか不明な人物で『編集部が突き止めた真の容疑者』などと銘打った記事を掲載するなんて、誰が容認するだろうかと自分で言ってて胸焼けする思いだった。

「もう今は、お願いしますと下げる頭も、恐怖で可笑しくなりそうです」

「もう言ってることも理解不能だねえ」

「デスク、おもしろそうですよ。コレ、やらせてみましょう」編集長は楽しんでいた。この人はそういう人だ。

 

 デスクは渋々OKしてくれた。しかも、中とじセンター見開き2頁の条件でだ。でも少し調子に乗って、表紙に見出しも24ポイント文字までならと、無理矢理ねじ込んだ。たまたま今回は世の中が比較的平和だったためにページに余裕があっただけだった。

「普段なら絶対ムリ。あんなネタでまずあり得ん」

「よくやったぞ」

 水月はご満悦だった。それが『ダロワイヨのマカロン』を食べてるからなのか、記事になることに歓喜しているのか、もう俺にはどうでもよかった。

 

 そしてそれから3日後、ついにその記事が掲載された『第5号』2月8日発売号が日本中に拡散された。

 その恐ろしい記事の内容はこんなだった……。

 

『過去に被害者の岩出弥彦に騙された女の存在が!?』

 

『十年前の人権活動に参加していた参加者名簿には!?』

 

『事件前には被害者と釣りスポットで親しくする人物がいた!?』

 

『怪しく浮かび上がる東北なまりの女の正体は果たして!?』

 

 これらの小見出しには、どれも『!?』マークがついた、どう考えても不可解な文面だった。

 そして極めつきは、狂気の沙汰といって良いだろう……。

 

『我々が独自に入手した、事件当夜にドライブレコーダーに映った、雨でズブ濡れの人物がいた!?』

 しかも、これだけではない……。

『その録画映像データは厳重に筆者が今も保管している。 <文:鳥嶋蓮角>』

 

「鳥嶋さんこれ、頭イカれてますよね?」

 池浪に馬鹿にされるのが一番屈辱だった……。

「ああ。俺はついにイカれちまったらしい」

「歴代の那珂文舎賞チャンプの一人ですよね?」

「何とでも言ってくれ」

「映像データってどこにあるんですか?」

「そんなもん存在しねえ」

「やばっ……。こわっ……。」

 俺の顔はたぶん今『モアイ像』にソックリだろう。

 

 しかもコイツはさらに、池浪のその上を行くミサイル野郎だった。

「最高だ」

「水月、お前ホンマ大丈夫なんやろうな」

恍惚こうこつとしている」

「いや、そうじゃなくて……」

「マジでお前、ちゃんと仕上がってるんだろうな?」

「まったくもって心配無用!10割だ!」

「変態やわ」

「おい、鳥嶋……」

「なんやねん」

「部屋は施錠するなよ」

「お前と一緒にするんじゃねえ!」

 

 そして事件は起きた……。

 

「マジかよ……」

「派手だな」

「最悪やわ」

「予想以上なのだよ」

「しばらくお前んちに住ませろよ」

「そのようだな……」

 

 俺の部屋は、暴徒の襲撃にでもったかのように荒らされていた。物品というたぐいのすべてのものが、収納という概念のない世界に放り出されたように、そこらじゅうに散らばり出ていた。

 

 自分の人生で未だ感じたことのない恐怖がリアルに震えを呼ぶ。いくらこれまで何度となく水月に助けられたとはいえ、これはさすがに自分の人生のピリオドが三途さんずかわの向こう岸に見え隠れするレベルだと、俺は今になってかなり後悔していた。

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