0323 銘菓
「くっはあ~。どう?それ美味い?」
俺は水月の部屋の高そうな4人掛けソファーに寝転がった。そして水月が口に咥えているベルギーチョコの感想を俺は待っている。
「
ナンカいいみたいだった。
「犯行時の天候はわかるか?」
「え~っと……、1月5日夜の江東区の天気は。曇り、
「そうか……」
そう言って水月はおもむろに紙に何か書き始めた。
この人の旧姓(本名)
被害者との接点
その周辺の関係者で30代の女
および仁科佐亜良を知っている人物で北国出身
さらに被害者と釣りをしたことがあること
もし可能なら被害者との関係
当日のアリバイ
「これらを鳥嶋に頼みたいのだが」
「おいおい冗談やろ。これはさすがにハードル高すぎやん。俺ってただの週刊誌の記者よ?」
水月は俺を見た。その表情はまるで『鑑真像』のように穏やかで、どこか悲しげにも感じた。
「そうか……。無理だったか。すまない。僕が間違っていた。鳥嶋蓮角には難し過ぎたかもしれぬ」
「おい、ちょっと待て!それは聞き捨てならねえ!やってやろうやんか!だがそもそも俺にメリットは?!」
「報酬は何がいい?何でもいいぞ」
「ほお?言ったな?ほな答えてやろかい、京都の銘菓『天の川』や。幻の銘菓や!入手困難やぞ!どうや?甘党大王!」
「おもしろい。必ず用意しよう」
そこから俺の、エージェントとしての仕事が始まるも、いきなり一発目でコケてしまった。
「教えられない?」
「はあ、個人情報ですので……」
「社長さんの奥さんでしょ?」
「はあ……」
「ご結婚前はここのタレントさんだったんでしょ?」
「ええ、そうです」
「当時のお名前ですよ?」
「…………」
だめだこりゃ。
仁科佐亜良さんの旦那って人は、小さな芸能事務所の個人事業主だった。そして佐亜良さんは元タレントさん。水月からほとんど提供されない情報から、よくここまでたどり着いたと思う。
事務所を出た俺は、吸いもしないタバコの自動販売機の前で購入前の人のフリをした。それにはちゃんと
「佐亜良ちゃん警察に逮捕されちゃったんでしょ?」
「なんか、逮捕じゃないみたいよ」
「さっきも旧姓が知りたいとか言って、週刊誌の記者が来てたね」
「なんか、ヤバそうじゃない?」
「なんだっけ、結婚前の名前って」
「なんか、変わった発音。ヘルシラグ? サアラ・ヘルシラグだわ。はじめ憶えられなくて、
喫煙所の
岩出弥彦さんの情報は、調べるどころかネット検索すれば、その名はあらゆるウェブページで拝見することができた。
「役員を務めた貿易会社は業界じゃ名の知れた一流企業。そして個人としては、差別と戦う人権派の活動家として人権団体の理事などの経歴もある。交友関係も広い」
「佐亜良さんとの接点は?」
「サアラ・ヘルシラグさんは、日本に来たのが大学の時やな。当時、その人権団体の活動に精力的に参加していて、そこで岩出さんと知り合ってる。卒業後はモデル活動とともに、岩出さんとも親密な関係だったのか、そうでないのかは噂の話だ」
俺は自分でもよくこの短期間でここまで調べ上げたと感心する。自分の雑誌取材なんかも、これぐらいサクサク進めばな……と反省しながら、自分の依頼者に報告する。
「噂の話だと?」
「ああ~、時期的にも細かくはよくわからんかった。モデル活動の中で今のご主人と知り合い、すぐに結婚されて仁科って名前にも変わり、息子も産まれた。つまり岩出さんとのことは噂でしかないってこと」
「何が言いたい?」
「だから俺が言ってんじゃなくて、聞き込みするうちに息子はどっちの子だとか言う無神経な人間もいたって意味や。警察だってそのあたりから攻めてんのとちゃうの?」
水月の目が怖かった。これ以上は無用やなと
「その周囲に親しい同世代の女はいたか?」
「ああ、いたよ」
この鳥嶋蓮角をなめんなよ。この時そう心の中だけで言い放ってやった俺だった。
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