0322 音声

「そんなものが、どうやって録音されるというのだ?」

 

「それが動画投稿サイトにな。その日、殺害現場のすぐ近くにあった定点カメラで、数時間ほったらかしの無人の釣り動画が撮影されたものが一般人から提供された。ただ、定点カメラは撮影者本人の釣り竿を撮っているから、もちろん殺害の映像はなし。またそのカメラが暗闇で照明なしでも割と明るく撮れるスゲーカメラだったらしいけど、犯人はそんなものが近くにあるなんて思いもしなかったんやろうな。でも、そんな所で動画撮影は行われていた」

 

「そして音声は残った?」

「しかも被害者と犯人の会話や。犯人は女。それがな……」

「なんだ?」

 

「女の声の音声は、少しの日本語なんやて」

 

「何とか、入手してくれ」

「はあ?アホか。とっくに動画は削除されてて、警察は絶対に世間に出回らないように対処済みや」

「いや。絶対にあるはずだ」

 水月はおのずと自室のパソコンを操作し始めた。その動画がインターネット上のどこかに残っていると、探しているのだろう……。

「探してもないて」

「ぐぬ……」

「ほらな、さすがの水月チャンでもそれは無理やろ。ああ、ちょっとトイレな」

 さすがの水月でも、警察が対処済みなんじゃ無理だ。あれば俺も見てみたい……。噂でしか聞いてない幻の動画だからな。水月の自宅はトイレもショールーム並みだった。

「あったぞ。これだ」

「おいおい。マジか。お前それ……ホンマ合法なんやろうな」

 本当に見つけちまった……。俺はかなりヤバい段階まで足を突っ込んでいる自分に、今頃気付いてしまったらしい……。

「この動画は8時間もあるようなのだよ。犯行時刻は何時頃だったんだ?」

「23時30分頃だから、音声が確認できるとしたら、そこらへんやな……」

「ん?……これか?」

「どれだよ。全然聞こえねえわ」

 何やら雑音の中で微かに聞こえる気がするが、何かは判らなかった。

「ヘッドフォンで聞いてみてくれ」

 

 

 

 

 オイ

 

 あ? なんだお前?

 

 オマエガ…ワルインダ

 

 何言ってんだ?

 

 オマエ…クソニンゲン

 

 なんだその口のきき方は?

 

 シネバ…イインダ

 

 こらっぁー! いい加減にしとけよ! やんのかっ!

 

 コロシテ…ヤル

 

 お前そりゃまるで… ぐぎゃあああああああ!

 

 アア……

 

 ザアアアアアア

 

 ダメダナ

 

 

 

 

 かなり雑音が大きくて明瞭な音声ではないが、それは被害者の断末魔が聞くに堪えない恐ろしい音声だった。たぶん……俺たちが聞いてはならないものだろう。

「カタコトの日本語だ……」

 水月は俯いてもう一度それを再生した。

「ところでお前とその事件に何の関係があんの?」

「…………」

 水月は黙って再生した。

「お前が俺を頼るんだから、よっぽどのことなんやろな」

「…………」 

 水月は目を閉じて再生した。

「カタコトの女……。お前の元カノとか?」

「…………」

 水月は何度も何度も再生した。 

「お前はスフィンクスにでも質問されてるのか?」

「違うな。たぶん」

「そうだ、俺はスフィンクスじゃねえ!だから無視すんな」 

「あの人じゃない」

「ああん?誰?」

「たぶん別人だ……。わからんが」

 

 水月はやっと、ことのを俺に話してくれた。こいつが俺にまで頼み事をしてくる理由が、やっと理解できた。

 

「でもな、水月チャン……。たとえ君がその人と面識があって、この動画の女の音声との違いを指摘したところで、証拠もない、確証もない、じゃあ声の女は誰なんだ?ってことになって、逆に動画の入手について糾弾されるのはお前やろ。それぐらい判ってるハズや」

 

 水月の部屋のインテリアの中に、アラジンの魔法のランプがある。さっきからずっと気になっていたが、時折そのランプの注ぎ口からモヤモヤ白い煙が出ている……。

「おい、あのアラジンの魔法のランプって……」

「加湿器だ」

「なるほど……」

 

「動機は……。あの人と被害者の接点は何なのだ」

「ソレな……。警察への取材でも、動機なんかについては一切明かされていない」

「それは、裏付けできないからだ」

「動機と容疑者を?」

「ああ。たぶん……」

「それも時間の問題のような気がするけどな……。警察はオッカネーからな」

 

「あの人は無実の罪を絶対に認めないだろう」

 

「ふう~ん……」

 ――水月にしては珍しい発言だった。それはコイツが誰よりも、根拠のない発言が嫌いだからだ……。

 モヤモヤと揺蕩たゆたう加湿の水蒸気を眺めて思った。もしもあのランプから現れた魔人が、真実を話してくれたらどんなに心が晴れるだろうと、そんなありもしない空想をぼんやりと考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る