0308 雷鳴

 児童相談所は、の福祉に関する相談に応じ、援助などを行う行政機関なんです。そして児童福祉司は、その中にあってと保護者の福祉に関する専門的技術に基づいて、社会的援助活動を行うケースワーカーなんです。

 もはや、の幸せのために存在する職業だと言っても過言ではありません。なのに……。

 

「僕は、子どもが大嫌いだ」

 

 奇人です。そして変人です。言うなればサイコパスです。そんな人物とともに行動して『子どもたちの幸せ』を守ることができるはずない。

 

 週明けは最悪の天気でした。今季一番の冷え込み、空からみぞれが降り、遠く冬の稲妻……。やはり悪霊がもたらす災いって本当にあるんですね。

 そしてもうすぐ職場だというのに、今朝もアイツは私を鋭い眼光で睨んでいる。憎たらしくも、今日は暖かそうな室内からだ。

 しかし特に今日は、それに構っていられる状態ではありません。私には、祓魔師ふつましとしての仕事があるのだから。

 

「おはようござ……い」

「あっははは~。そんな~まさか~」

 所内から聞こえる賑やかな声、温和な雰囲気、何でしょう。

「ああ~、来た来た、長内さんおはよう、先生がお待ちかねだよ~」栗原先輩はにこやかに笑みを見せながら、向かいのデスクに着席する人物を先生と称した。

 

「やあ、おはよう。今日からよろしく頼む」

「は?」――誰?

「長内さーん。全然ちがうじゃーん。潮センセーおもしろーい」

「おはようございます。子どもが大嫌いな潮さん」

「ああ問題ない。好調だ」何がなのよ……問題だらけです。

「栗原先輩、違ってません。私を信じてください」

「あ~ははっ。壁は立てるものじゃなくて、外すものなんだよ~」

「そういう意味じゃありません」

 ――人は、今この瞬間を何故に現実だと正しく認識できるのでしょうか。頬をつねれども、それは非現実だと認識できねば否定もできないのでしょうか。それほど今この瞬間の私はこの目の前の光景が現実だと信じ難い心境なのです。

 

「ああ、潮さん。いよいよですねえ。それとお土産のチョコレートありがとうね」

「あっ!町田所長、おはようございます」私の心の女神様。

「僕は町田先生のお役に立てるよう励みます」

「本当にありがとう。長内さん、潮さんと仲良くね!あとこれ一応これからの研修スケジュールね。まずは日常業務を潮さんと一通りこなしてみてね」

「は、はい……」なんで?!何がどうしてこうなる?先週のアレ、しかも初対面の相手に対する接し方とは思えないあの高慢な態度。数日が経過したからといって私は忘れません。

「あの、潮さん。『べき』の意味、知ってますよね?」

「何の話だい?」

「え? 先週、私が伺った時の話です」

「ああ、あの時は中座してすまなかった」

「もういいです」

 ――もうだめだ。気が狂いそう……理解不能です。

 

「さあ、張り切って行こうではないか」

 ――生理的に無理。

 

 外は、つい先ほどの出勤前とはまるで違う空模様だった。雲間から真っ直ぐ下に光が差して、蜘蛛の糸でも垂れてきそうな眺めだった。

 そして私の前を進む長身の男性は、スタスタと前進する。

「潮さん!行き先、知りませんよね!」

「ああ!その通りだ!」

「その右手に見える、モスグリーンのアパートの一階のお宅です!」

「なるほど!」

 ――スーパーウルトラマイペースな人。

 

 ピンポーン。

「ちょっと、勝手に押さないでください」

「なぜだい?」

 ピンポーン。

「こちらは、持田さんのお宅です。お子さんのお名前は、玲於奈れおなちゃん3歳です」

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。

「ちょっと!潮さん!」

 ドバンッ!

「誰や!こんな朝っぱらから!」


「日野児童相談所です。児童虐待を確認しに来ました」

 

 ちょっとおおおおお!!うしおさあああああん!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る