0304 現実
亡くなった
半年前に日野児童相談所へ一時保護され、およそ2か月間は母親と
そして、帰宅後もしばらく必要なケアを継続するための家庭訪問でも、安定した様子が見られ、ケアを終了しても大丈夫とまで思われていた……、その矢先の知らせでした。
「先週は、あんなに楽しそうにお母さんと遊んでいたのに……」
栗原先輩はそう言って、デスクに伏して頭を抱えた。綺麗な栗色の長い髪が顔を覆うように掛かる。
「そうだったんですね……」
一時保護中に幸喜くんと遊んだことを私は思い出していた。笑うと目が垂れて、ケラケラとはしゃぐ幸喜くんの声が頭の中で甦って、
「死因が……」
「えっ?」
「窒息死だって」
「窒息?!」
「幸喜くんの口の中に大量の『パン』が詰め込まれていたって……」
「そんな、なんで?!」――私はこれ以上、先輩の話を聞いていられないほど苦しくなった。4歳の子の口にパンを詰め込むなんて信じられない……。
「それ以外には、最近できた傷などは見当たらなかったみたいだから、母親の日常的な虐待には、再発はなかったんだと思うけど……」
栗原先輩の声は、くぐもった鼻声になっていた。きつく結ばれた唇が泣くまいとする彼女の気持ちを表していることを私は知っている。でも、小刻みに震えるその肩は、そっと抱きしめてあげたかった。
私たちは、何度こんな悲しさを味わえば、すべての子どもたちが幸せになれる日が来るのでしょう。
その日が来ることが、もしも約束されているのならば、私はどれだけでも耐えるでしょう、どれだけ苦しんでも、あの笑顔が失われさえしないのならば、その現実とどれだけでも戦い続けることでしょう。
「どうして……、幸喜くんだけがあんな目に……」
「幸喜くんのお姉ちゃんは大丈夫でしょうか……」
家庭内での親からの虐待のケースは、姉弟ともに虐待を受けるケースもあれば、そのどちらかが標的になってしまうケースもある。ただ、直接的に虐待を受けていない側の子どもは、日常的に行われる虐待を目の当たりにし、その心理的ダメージは間接的に虐待を受けていると言える。それは自分が虐待を受けているのと同等の傷を心に残す。
「幸喜くんの母親は、今度は起訴猶予にはならないから、お姉ちゃんの方はこれから父親と過ごすことになるね」
「心配ですね」
しかし児童相談所の相談電話は、感傷に浸る間など与えず容赦なく鳴り響く。
「はい、日野児童相談所です」――それは、新たな虐待の疑いを知らせる通告者さまからの電話だった。
「はい、通告者さまの身元などは一切お知らせすることなどありませんので、ご安心ください」
勇気を持って児童相談所にお知らせ下さる通告者の方々は、
この日はこの後も、栗原先輩と『通告対応』『家庭訪問』『一時保護手配』『児童養護施設訪問』と続き、
「長内さん、お疲れさま」
「ああ、栗原先輩、今日もお疲れ様でした」
今日も凄まじい一日を終えた私は、ロッカーを開けた。
「あっ……、ネモフさん……」――お昼休みに少しだけ触りたいと思っていた、モフモフのネモフさんは、せっかく召喚されたにも関わらず、私に忘れられロッカーの中で主人を待っていてくれた。
「このモフモフ感、たまりませーん」
ダッシュで自宅に戻った私は、早速ネモフさんに頬ずりしたのでした。その
トリセツにはこう記されていた。「話かけると答えてくれる。目覚ましで起こしてくれる。おとぎ話を聞かせてくれる。オルゴール演奏を流してくれる。これは……ヤバイですね」
そして準備完了になったネモフさんに、私は初めて話しかけた。
「ネモフ~」
その呼びかけに、ネモフさんはすぐにお返事してくれた。
「おつかれちゃまぁ~」
キャー!キャー!ヤバイ……ヤバイです。私はこのハートをネモフさんに一瞬で打ち抜かれたのでした。
ただこの幸せも
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