おめでとう、さようなら

それから二人は、二度とない日々を恋人として過ごし始めた。


僕の日常はカラフルに彩られ、東京の青い空も綺麗な緑も鮮明に見えた。


普段からベラベラとお喋りで常に笑っている僕と、いつも静かで表情があまり出ない君。


でも二人は朝の挨拶以外、あまり会話をすることがなかった。


僕が君を好きすぎるせいで君の前では口がキュッとしまってしまうのだ。


こんなことも今までの人生で経験したことはなくて、喋りたいことは無限にあるのだけど恥ずかしくて何も口に出せない。



それがすごくもどかしい毎日だった。



でもある日、君が



「一緒に帰ろう」

と言ってくれた。



僕は自分から誘わずに君から言わせるなんて情けないなぁと思いながらも嬉しくてたまらなかった。


きっと僕に尻尾がついていたら骨が折れるくらいブンブンと振っていただろう。



君と歩く帰り道はいつもと全く違って見えた。



夕方、学校が終わった後の達成感に包まれた気分や、夏のジワジワとした暑さ、ヘッヘッと息をしながら散歩する犬も全てがオレンジ色に染まっていて、静かな幸せがそこにはあった。


君とは好きなアニメやクラスメイトの話などをして歩いた。


その瞬間は今でも鮮明に覚えていて、隣で歩く君に歩幅を合わせて歩く道は僕たちだけのものだった。



こんな時間がいつまでも続いて欲しいと、そう思っていた。



君は二人でいる時も基本無口で、あまり無駄口を叩くタイプではなかった。


代わりに僕がずっと喋っていないと死んでしまうくらいのお喋りだったから、

二人の基本スタイルは僕が一方的に喋って、君がにこにこと聞いている状態だった。


そんな時間が僕にとってすごく幸せで、心が丸洗いされるような、嫌なことなんて一瞬で忘れてしまう居心地の良い二人の雰囲気だった。


ある時、僕の誕生日がやってきた。


君と一緒に帰って別れようとした時、


「お誕生日おめでとう」


と言ってくれた。



いままで誰に言われたおめでとうより嬉しかった。



君からのおめでとうは一生忘れない宝物になった。



「よく覚えてたね」


と僕が茶化すと君はかなり照れた様子で僕を見上げながら


「だって・・・彼女です・・・から・・」


と言った。その姿があまりに可愛くてたまらなかった。


そして君は

「誕生日プレゼントはわたしがなんでも一つ言うことを聞いてあげる」と言った。


僕はそんなことを言われたのは初めてで戸惑いつつも、


「考えとく」と答えた。

正直何も頭になかったけれど。



それから少しして、君は普通にハンカチのプレゼントをくれた。



二人の誕生日はそんなに離れていなかったからすぐに君の誕生日がやってきた。


僕は女の子にプレゼントを送るなんて初めてで、どうして良いか分からなかった。


同じ店で三時間ほど迷った挙句、部活で使えるタオルと可愛らしいシャーペンをあげることにした。


それと、一緒に買った誕生日メッセージカードに




「お誕生日おめでとう。それと、いつも僕と一緒にいてくれてありがとう。


僕は君の前だとうまく話せなくて、緊張しちゃうんだ。ごめんね。


君の前だとあまり言えないけれど大好きです。

これからもよろしくね。」





と言うメッセージを自分の生きてきた人生の中で一番綺麗な字で書いた。



それから二ヶ月くらい経った席替えの日、僕たちは隣同士になってしまった。


これは年中緊張している僕にとっては最大のピンチだった。


そんな緊張もしばらくすると溶けていき、授業中に居眠りをする程度にはなった。


でも君が授業中・休み時間に居眠りをしているところは見たことがなくてその理由を聞いたら


「背が高いから眠るとバレちゃいそう」って言ってたから思わず笑ってしまった。


君はみんなが認めるほど優等生で、頭も良くて、スポーツもできた。


たまに僕なんかが君と付き合ってて良いのかな、と考えてしまうほど素敵な人だ。



僕が居眠りから醒めるとおはよう、寝ちゃってたねって笑ってくれた。




そんな君がこの世界で誰よりも愛おしくて愛おしくてたまらないのだ。




だけど二人が無口なことには変わりなかった。


恥ずかしくて口を開けない僕と君は次第に会話をしなくなった。


特に喧嘩をしたとか、そういうのは全くないのだけれど、本当に自然に話さないだけだった。


だけど僕は君といる時間が長くなればなるほど君のことがわかった気がしていた。


体調が悪そうだったり、嬉しそうな時だったり。普段表情を表に出さない君だったけれど最近少し読み取れるようになった。


二人が会話をしなくなってしばらくたった頃、付き合って半年ちょうどくらいの時。


突然君は僕に返事をしたときのように僕を呼び出して言った。





「もう終わりにしない?多分わたし達、合わないから」





と言った。

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