意味
もし、自分の人生が自分で思い通りに全て決められるとしたら多分もうみんな自ら命を絶っているだろう。
そんなことを考えながら、店舗のバックヤードでヘルシー春雨カップヌードルみたいな、OLのような昼食を食べている。
まぁうまい、うまいから食べているのだけれども、ここに至るまでには太ったという根本的な理由がある。
全盛期から10㎏ほど太り、昔はイケメンと言われることもあった俺はただの小太りのおっさんに成り下がっていた。
『お疲れっす!』
後輩の中島君がバックヤードに入ってくる。
『おー、お疲れ』とスマホに目をやりながらそっけなく返す。
『田口さんのお客様からさっき連絡がありましたよ。』
そう俺の苗字は田口ね。
『そっか後で電話しとく。』
直前に考えていた、超哲学的な思想のせいで、なかなかテンションが上がらない。
『何食べてるんですか?』と中島君が俺に問う。
『春雨ヌードルだよ。』
『これだけ食っても178キロカロリーで腹も膨れる。』
『これだったら2個食べても、カップヌードル以下のカロリーだ。』
と得意げに話した俺の横を苦笑いしながら無言で通り過ぎた中島君はそのまま隣のコンビニにお昼を買いに出た。
へっ生意気なやつめ、若いからって自分は永遠に太らないと思ってるんだろう。
まったく、太ってから春雨ヌードルを思い出すがいい。
数分後、中島君はフランクフルトと濃厚とんこつラーメンみたいな超ハイカロリーそうな昼食を買って戻ってきた。
今に見ていろ、中島君。
仕事に戻った俺は、お客様への連絡を済ませて、その後も手を休めることなく業務をこなして、終業時間を向かえる。
たまたま中島君と帰る時間が一緒だったので、飲みに誘ってみた。
『飲み行く?』
『行きますかー!』
独身の中島君は二つ返事で承諾してくれる。
いつもの串揚げの居酒屋で中島君と愚痴を言い合いながら時間ギリギリまで飲み、中島君と別れて、俺は終電に乗りこむ。
適当に空いてる座席に座り周りを見渡す。
この時間の電車にはドラマがある、単に仕事が遅くてこの時間になってしまったであろうサラリーマン風のスーツのおっちゃんやこれから夜のお店に出勤するであろうメイク濃いめのおねえさん。
無言のカップルの席の隙間はそのまま心の隙間なのか、全力で今日を過ごして力尽きているだけかも。
その中に見知った顔を見つける。
知り合いというわけではないのだが、帰りの電車でよく見かけるおばあちゃんだ。
今日は終電なんだな、なんて思いながら、おばあちゃんを眺める。
おばあちゃんと言っていいのだろうか、身長は150センチほどで背筋はしっかりと伸びており、肩くらいまでの黒髪を少し含んだ白髪が年齢を感じさせるが、いつもスニーカーを履いていて、しっかりとした足取りで杖もつかずスタスタと歩く。
いつもすごく疲れたような感じで大きめのリュックを背負っているので、おそらく仕事帰りなのだろう。
この歳になってもこんな時間まで働かなければいけない理由が気になる。
正直それを知ったところでなんだという話なのだが、俺はいろいろ考えてしまう。
働かない息子さんを見捨てきれないお母さん。
或いは寝たきりの旦那さんを一人で支える奥さん。
高齢のお母さんを一人で介護しながら働く娘さんか。
向かいの座席の窓ガラスに映ったゾンビみたいな自分の顔を見ながら、いろいろ考察した結果、あのおばあちゃんはきっと本当はどこかの由緒正しい家系のお嬢さんで許婚との結婚を断り、最愛の人と一緒になりたかったが、それを許さないお父様が先祖代々家系に伝わる魔法陣を発動させ、1000万円貯めるまでおばあちゃんの姿になってしまうという魔法をかけられたということになった。
最愛の人はきっとあのリュックにぶら下がっている熊のキーホルダーにされてしまっているに違いない。
あとちょっとでお金が貯まるのでこんな時間まで働きラストスパートをかけているところというわけだ。
今までバイトも禄にしたことのない温室育ちのお嬢様が地道に働いて1000万円を貯蓄するというのはさぞ大変なことであろう。
ちゃんと元の姿に戻って最愛の人と末永く幸せに暮らせることを願う。
電車の乗り換えでおばあちゃんに見えるお嬢さんと別れ、携帯に目をやるといくつかLINEが入っていた。
中島君からの『ごちそうさまでした。また飲みましょう。』
という通知と『火曜日夜暇ー?』という友達からの通知。
そして涼子さんからも通知が入っていた。
『圭ちゃん、私今日出勤してるよ、寄ってく?』
中島君と飲んでほろ酔いだったのもあって、ちょっと涼子さんに会いたくなったので、『0時過ぎくらいに着きます。』と返信をしてCyndiに向う。
涼子さんの働いているお店は俺の実家までの帰り道にあるので、仕事帰りにふらっと寄ることが多い。
ここもまた雑居ビルの2階だ。
店の下まで来たが看板が点いていない、窓のないお店なので看板が点いていないとやっているのかどうかわからないが、涼子さんとのLINEを頼りに2重の分厚いドアを開ける。
『いらっしゃい。おー、タグっちゃん。』
と店長が初めに気付き、続いて裏から涼子さんが顔を出す。
『来たね、タグちゃん。』
『看板ついてなかったよ。』
『え、マジ!?』
『うん。』
そう言って涼子さんはまた裏に戻る。
お店には俺と涼子さんが付き合っていることは内緒だ。
二人の時は涼子さんは俺のことを圭ちゃんと呼ぶ、俺は別にいいのだが、涼子さんが働きづらくなってしまってはいけないので、一応内緒にしている。
俺は紅茶割を頼み、涼子さんを待つ、すぐに看板のスイッチを入れて戻って来たので涼子さんに一杯出してカウンター越しに乾杯した。
テーブル席のサラリーマン風のおっちゃん3人組の歌声が今宵のBGMだ。
カウンター席にはもう一人常連の女性がいて、店長と話している。
『お疲れ様。』
『おつかれー。』
『今日暑かったね。』
なんて他愛のない会話から涼子さんと話始めながら、俺は涼子さんを眺める。
いつ見ても綺麗だ。
ずっと見ていられる。
今日もやさしい笑顔がとても素敵だ。
お互いにバツイチの俺らは前にもう結婚はしないなんて話をしたことがあるが実際はどうなのだろう。
涼子さんに会うたびに思うが、この人はちゃんと幸せになるべきだ、涼子さんの男性遍歴を聞くとダメ男に惹かれてしまう傾向が見えてくるが、それは俺で最後にしてあげたい。
正直何がよかったのかは知らないが、こんな借金だらけの金のない男と付き合っている時間がもったいないと思う。
が酔っぱらっていたとはいえ、一度は口にした付き合うという言葉の責任は取らなければとも思うわけで、それには俺が大成するか、はたまた早急に別れを告げてできるだけ涼子さんに時間を残した状態で解放してあげなければいけない。
後者のほうがどう考えても簡単だが、ここに俺の恋だの愛だのプライドだの可能性だのの感情の部分が引っかかってどうにもすぐには決断できない。
いくら考えても今すぐに答えは出ないので、本日五杯目の紅茶ハイを飲み干して1曲歌った。
結局閉店の時間まで飲み、涼子さんを駅まで送り、チューしてその日は別れた。
帰り道に俺があの日涼子さんと交わりたいがために軽々しく交わしてしまった、付き合うということの意味についてもう一度ちゃんと考えてみた、今の俺が辞書に載せるとしたらこうだ。
【結婚をするに至るまでの間、相手を見定めるためのお試し期間。】
涼子さんのにとっての付き合うという言葉の意味はどうなのだろう。
大人になれたかな。 湊 陽愛 @kiyasumen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。大人になれたかな。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます