シャンパンの開け方
あれは何年前だったろうか…。
そんなことを思い出してしまったのは、仕事帰りの電車を待つ駅のホームの端っこで、反対側のホームにある女性を見つけてしまったからだ。
俺は缶チューハイを片手に女性をしっかりと見ようとするが、顔を判別するにはちょっと遠すぎる。
女性は麻紀さんによく似ていると思ったが、マスクをしていたから、本人かどうかはわからなかった。
誰かを待っているようだ。
俺は快速急行を待っていたが、各停に乗るふりをしてホームを移り近づいてみる。
違う、麻紀さんではなかった。
そのままの流れで各停の電車に乗り込み、一度は席に座ったのだが、快速急行との発車時刻の差が4分しかないことに気付き、俺はまたその女性の前を通って快速急行のホームに戻った。
ほどなくして電車が発車し、俺は手に持った缶チューハイを飲み干して、電車の窓ガラスに映る自分を眺めながら、また麻紀さんとの思い出を探り始めた…………。
………
麻紀さんと俺は別れてからもよく会っていた。
付き合っていた名残からか、酔っぱらうと身体の関係もたまにあった。
お互いに結婚もしていなかったし、別の恋人がいるわけでもなかったので、本当は最初からそんな関係の方がよかったのかもしれない。
麻紀さんとの付き合いの中で俺はシャンパンの新しい開け方を知った。
キャバクラやガールズバーなど夜のお店でしかシャンパンを見たことのなかった俺のイメージはこれでもかってくらい盛大に音を立てて『ポンッ!!』だったので、しばらくそうやって開けていたのだが、そんな開け方は上品でないと言われ、やり方を教えてもらった。
レストラン等の静かな場所ではシャンパンは極力音を立てずに開ける。
タオル等をかぶせ親指でコルクを押さえつけながら、徐々にボトルを回して『プシュッ』と静かにガスを抜く。
やってみると意外と難しい。
会うと毎回練習したのですごく記憶に残っている。
できるようになったときは少し大人になった気分になった。
シャンパンと聞くととても高いイメージもあるが、デパートなんかで代表的な銘柄【ヴーヴクリコ】や【モエ・エ・シャンドン】なんかを買うとすると大体1本3~4千円くらいで、たまのデートであれば当時若僧の俺にも十分対応できる金額だ。
ちなみに豆知識だがシャンパンとはシャンパーニュ地方で精製されたスパークリングワインのことを言い、それ以外の地域で同じ製法で作られたものは、どんなに頑張っても、ただのスパークリングワインにしかなれないらしい。
なんて言ってる俺も、もはや若僧からは程遠く今年29歳になる。
麻紀さんのことを思い出したのもたまたまで今は別の彼女がいて、なんだったらバツイチ、子供2人の養育費を支払う、世にいう失敗男だ。
俺は昔から顔はいい、基本的に見栄を張るので、女受けもいい。
まぁまぁモテるとも自負している。
だがそんなことは今となっては正直どうでもいい。
外見の良さとか、女性経験の多さとか、そんなものは結婚生活を送るうえでは何の意味も持たなかった。
見栄を張り続けることなんてできないし、完璧に整える前、寝起きやデート前の支度の段階から相手に見せることになるし、そんな不完全な相手を見ることにもなる。
それは俺にとっては大変ストレスで、会っている間だけ取り繕っていればいい関係とは、180度違う現実を受け入れきれなかった。
いつか俺は言っていた、化粧をするなら、寝るときもシャワーを浴びた後もし続けていて欲しい。
俺は俺自身も含め、飾った姿でドラマを描き続けたいのだ。
元奥さんとはいろいろあって、もう子供とは会えていないが、もはやそんな生活にも慣れようとしている。
元奥さんはもともと夜の仕事の人で、キャバクラで働いていた、お店の通路を歩く奥さんに一目惚れした俺が、何とかLINE交換をして、猛アタックした。
結婚は考えていなかったが、当時ストーカー被害にあっていた元奥さんは、家に帰れずに度々満喫などで過ごしていたもので、一人暮らしの俺の家に合いカギを渡して迎えいれた。
ちょっと広めの1Kで、俺と元奥さんの仮同棲生活がスタートし、1か月後には2LDKのアパートを借り、正式に2人で住み始めていた。
ほどなくして、第一子が彼女のお腹に宿る。
最初に聞いたときは身体の芯がキューっとなるほどどうしていいかわからなかった、結婚願望など全くなかった俺だが、彼女の産みたいという言葉に俺の中でYES以外の選択肢は出てこなかった。
いわゆる出来ちゃった結婚だ。
最近は授かり婚やマタニティウェディング、ダブルハッピー婚なんて、なんかカッコいい言い方もあるらしい。
結婚生活は3年ほど続いたが、その間俺と元奥さんはすれ違い続けた、考え方の違いが大きく、もはやそれを寛大に修正しきれるほど心に余裕がなかった。
第一子と年子で第二子が産まれたので結婚生活の半分以上の期間、元奥さんは妊娠していた。
ホルモンバランスの関係とかそんなざっくりした話で括ってしまえば、大したことはない話だが、当時子育てに奮闘しながら、お互いを敵と認識し合っていた俺たちは逃げ場のない苦しみから逃れようと必死にお互いを罵り合った。
関係の修復などまったくできずに最後は子供の前で怒鳴り合いの喧嘩をして、暴れだした元奥さんを抑えた俺がまんまと被害届を出され、留置所に10日間拘留された。
一度コルクが抜けて、シャンパンがあふれ出してしまったらもう止められない。
拘留されている間に家財道具一式と元奥さん、そして子供たちもいなくなっていたので、今どこに住んでいるかは知らないが、そのあと調停で離婚、養育費の支払いの件だけはしっかり決めた。
そんなこんなで、結婚生活中に生活費や入院、出産費用や明るい未来を夢見て買ってしまった家のローン、車のローンなどで借金だらけの俺は一旦実家に戻り、親に助けてもらいながらも、なんとか今日を生きている。
この歳で実家に縋りつくのは情けないが今の最善の行動だ。
そんな出来事もあり女性との交際が怖くなり、1年半くらい女性を避け男友達やオカマの娘なんかと遊んだところで、今の彼女に出逢ってしまった。
もう恋なんてしないなんてー♪
言っていたのだが、突然彼女は俺の心の中に割り込んできた。
名前は涼子さん。
俺の行きつけの激安カラオケバー【Cyndi】の店員さんだ。
余談だがCyndiは【Cyndi Lauper(シンディー・ローパー)】のCyndiらしい。
最初に見たときは正直俺が今まで見た女性の中で一番綺麗だと思った。
カラオケバーに通うたびに俺は彼女に惹かれていき、まだ女性への恋心なんてものがあったことに自分でもビックリしていた。
彼女もなんとなくこちらに好意があることは分かったが、しかし今の俺の状況では到底彼女を幸せにすることは難しいので、正式にお付き合いをしそうになったり、そういった話はしっかり断ろうと思っていた。
涼子さんの年齢は36歳、11歳の女の子を育てているシングルマザーだ。
少しふくよかな見た目だが顔立ちはかなり整っていて、やさしく抱きしめられて頭を撫でてもらいたい欲求に駆られる絶妙な母性を俺は感じていた。
会う度に今すぐにでも飛びつきたい気持ちでいっぱいだったが、こんなクズみたいな俺が関わることで彼女の人生を狂わせてしまうことはどうしても避けたかった。
俺は麻紀さんと付き合って以降、年上の女性にとても魅力を感じるようになっていた。
もちろん女子高生を見れば興奮するし、若い肌には何にも代えがたい魅力がある。
しかしそんなものより、何か強い母性のようなものを感じたときに、俺の心はとても揺れ動くのだ!
なにが、揺れ動くのだ!
だ。
改めて書くと変な性癖を暴露してるようで、変態みたいじゃないか。
しかし結果的に俺は涼子さんと付き合うことになってしまった。
一度耐え切れず食事に誘ったそのあとチューがしたくて、SEXがしたくて、その誘惑に俺は負けた。
『そういうことをするならちゃんと付き合ってからにしたい。』と涼子さんに言われ、俺は今の状況を話しつつ絶対に迷惑を掛けるから付き合えないと断った。
涼子さんはズルかった、こんな俺のどこがよかったのか知らないが、すかさずしっかりととてもHなキスをしてくれた後で『で、どうするの?付き合う?』と高圧的に問いかけてくる、俺にはもはやそのあとのHな展開しか見えなくなり後のことなんて考えずに思わず『うん。』と口にしていた。
本当に俺は最低だ。
その場のノリだけで生きている。
いままでの数々の恋愛や結婚生活の失敗から学ばない男が今ここにいる。
でもきっと大人になるってこういう経験があったうえで、どんな状況でも冷静に判断できる精神を持つことだと思う。
まだまだ大人には程遠いななんて思いながら、俺はそのあとめちゃくちゃSEXした。
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