Wendy
結局あの日はなんだかんだで、昼頃までC-LOVEにいた。
その間にお互いのことを少しづつ話した。
麻紀さん大丈夫だったのだろうか、あんな時間まで。
そんなことよりだ、俺はあの日なんとかチェックアウトまでにリベンジのチャンスを伺っていた、初対面の女性に晒してしまった醜態をなんとか挽回しようと必死だった。
しかし、そんな俺の心とは裏腹に麻紀さんのガードの固いこと、ほんの数時間前の展開が嘘のようにもうチャンスなんて呼べる時間は巡ってこなかった。
結局手も足も出ず、チェックアウト、一人悶々としながら家路についた。
次の日の通勤の電車の中で、中学生だか高校生だかが英語のテストでもあるのだろうか、英単語の答え合わせをしているimportantとか、隣の小学生達が無邪気に話題にするミッションインポッシブルはとても面白いけれども、今は言わなくてもいいんじゃないかな?
インポというワードをNGワードに掲げながら、俺は本気で数日間悩んだ。
その後、俺と麻紀さんは少しづつ二人で会うようになった。
よかった、このまま連絡が返ってこなかったら、俺はもう男としてやっていけないほどのトラウマになっていたであろう。
あのときの麻紀さんのやさしさが本物であったことに深く感謝した。
麻紀さんはいろんなお店を知っていた、大体麻紀さんチョイスのお店でご飯を食べ、ほろ酔いながらデパートでシャンパンと生ハムなんかを買い、ラブホで楽しむというお決まりのパターンで、俺たちは関係を親密にしていった。
大丈夫だ、2回目からは俺の相棒もしっかり機能した、緊張してたんだね多分(*'▽')てへ
麻紀さんとのデートは俺にとってはいつも新しかった。
同年代の友達にはない言葉のチョイスや食べ物の好み、少し品のあるお店がとても似合う大人の女性。
大人の女性に似合うように徐々に背伸びして、俺の服装やお店のチョイスなんかも変わっていった。
麻紀さんとの出会いからしばらくして俺は地元のチェーンの焼き鳥屋で友人の拓土と二人で酒を飲み交わしていた。
拓土は中学から一緒の俺のナンパの相棒だ。
よく二人で飲んでは近況を報告し合い、飲みすぎて翌日にはすべて忘れる。
一時期は週5日で飲みに行っていたほど交流が深い。
一通り麻紀さんとの運命的な恥ずかしい出会いから今までを話し終えたあたりで拓土が言う。
『お前って、お前だよな。』
一拍おいて俺も言う『俺って俺だよな。』
ちなみに拓土の口癖は『らしくねぇ~じゃん!』だ。
よくわからない会話の流れだが俺たちの会話なんてそんなもんで足りる。
拓土が最近付き合い始めた彼女の話もきいたところで、俺は何となくつぶやく。
『麻紀さんガラケーなんだって。』
『そんなんだ。』と拓土が興味なさげに返答する。
『うん、だからLINEじゃなくてメールしてる。』
かくいう、俺もスマホに切り替えたのは最近だった。
電話とメールで何不自由なかったが、一度LINEを知ってしまうと、その便利さからはもう戻れない。
いい感じに酒も進み、腹も満たされたので俺らは会計を済ませ、この後どうするかとなんとなく店を出た時、麻紀さんからのメールが入った。
いつものBARで飲んでいるらしい。
ちなみにいつものBARとは麻紀さんと出会ったあのBARだ。
BARの名前は【Wendy】意味は分からない(笑)
麻紀さんはこのBARの常連さんだ。
Wendyは麻紀さんの自宅から近く、今いる焼き鳥屋から5分ほどのところにあるので、俺は拓土に提案する。
『麻紀さんからメールが来た、Wendyで飲んでるって。』
『行く?紹介するよ。』
『マジか、じゃあ行くか。』
この後の展開を考えるのがめんどくさかったのか、ここぞとばかりに拓土は快い返事をくれた。
『友達と一緒でもいい?』
と麻紀さんにメールを返し返信を待つ間、拓土は一服しに行った。
『いいよ☺』
麻紀さんからの返信があり、俺たちはWendyに向かう。
雑居ビルの上を見上げると、ライブハウスのような光るHeinekenの置物が窓から見える2階のBARだ。
階段を上がり、重い扉を引いて開くと俺の好きな薄暗いBARの空間が広がる、ドアから一直線上のL字型のカウンターの端っこに麻紀さんが座っている。
あの時と一緒の席だ。
麻紀さんもすぐに気付き、麻紀さんとお互いを確認し合いながら、カウンターの向こう側に目をやると、マスターのまさるさんと目が合った。
おお、『圭吾!』久しぶり。
おお、『拓土!』と続けて拓土にも気付く。
『どこ座る?』
カウンターで3人は話しづらかったので、テーブル席に移動させてもらった。
拓土は初めての麻紀さんをまじまじと見つめている。
『麻紀さんお疲れ。』
『これが拓土、よく話に出てくるやつ、おい、見すぎだろ(笑)』
と拓土にツッコミながら麻紀さんも紹介する。
『そして麻紀さん、綺麗でしょ?』
『細いっすね。』と拓土が褒める。
『そうかな?』と少し照れ笑いをしながら麻紀さんも返す。
確かに麻紀さんは細い、身長は156㎝だと言っていたからきっと体重は40㎏前後だろう。
改めて細くて白い指や足を見ると、とても守ってあげたくなる、もはや抱きしめたい。
『何飲む?』
とマスターのまさるさんが注文を聞きに来てくれた。
『麻紀と知り合いだったんだ。』とまさるさんが俺らを見ながら聞いてきたので、先日ここで出逢ったことを伝えて、付き合っていることも話した。
まさるさんは驚いていたが、記念に一杯づつサービスしてくれた。
拓土と麻紀さんもお互いの印象は悪くなかったようで、その日は2~3時くらいまで楽しく飲んでお開きになった。
…………………
それからしばらく、俺と麻紀さんはちゃんと別れた。
付き合っていた期間は1年くらいだろうか、花火大会や夜の海で晩餐会、映画、ドライブ、クリスマスも一緒に過ごし、俺の価値観を変えるには十分すぎるほどしっかりとした時間の中で、お互いに、お互いをどんどん必要としなくなっていた、麻紀さんがどこまで俺に合わせてくれていたのかは分からないが、ジェネレーションギャップなんてものは一切感じなかったし、たまに出る麻紀さんの子供っぽい行動に俺は歳の差なんて案外関係ないなと思っていたが、結婚を前提としていなかった俺と麻紀さんが付き合っていく理由が無いということに気付いてしまった。
言い出したのは麻紀さんだが、乗っかったのは俺だ。
どちらからともなく、いつものデートの途中にとても静かに破局した。
麻紀さんは自分から言いだした癖にちょっと泣いていたが、その涙が何だったのかはわからない。
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