第86話

 静はペンダントを持ち上げると、早速果歩の胸の辺りに当ててみた。

「お!絡まってる魂の一つが動き始めたよ」

 魂が見えない僕には何が起きてるのかさっぱりだけど、何らかの動きが見られたらしい。


「この部品は元々水素の原子核と陽子を核融合させるためのもので、三次元に分布している原子を二次元に並べて、原子一つ分の高さにする作用を持ってるのね。そこから更に一次元に折り畳むことで核融合を実現してるの。なのでここに魂を入れれば、折り畳みが起きて一点に押し込めることができるかもしれない」

 玲奈さんが頷いてるけど、何言ってるのか全然分からない...

 とにかく、魂を皆の身体に戻すことに繋がる働きをするかもってことなのね。

 でも、魂は物質ではないんじゃなかったっけ?


『王。私も少しお手伝いいたします』

 手伝うって、ダークエネルギーに干渉できるソマチットならば、魂にも物理的に干渉できるということかな?

『左様。皆様の魂の圧縮を、あの部品と連動して行ってみます』

「分かった。よろしくたのむよ」

 ソマチットも魂も全く見えないけど、

「魂の一つが果歩の胸の所に集まって行くよ」

 という静の説明で事が進んでいることが分かる。

「今、全部入った!魂が一点に集まってる」

 さあ、どうなる。果歩、生き返って!

 ブワ!

 果歩の身体から何かオーラみたいなものが発せられたように見えた。


【果歩】

 あ、私、生きてる?

 今までなかった手足の感覚がじわーっと戻ってくる感じがする。

 確か、エマとイーサンと対峙して、頭が割れるように痛くなったところまでは覚えてるんだけど...

 目を開けるとぼんやりした中に天井、横には瑞希と静、その後ろには鍊、玲奈さんがいる。

 ここは、病院?

「私、どうなってたの?」

「よかった」

 瑞希が泣きそうな顔をしてこちらを見ている。


 その後、一緒に入院していた武蔵、茉莉、エマ、イーサン(何でこの二人もいるのか謎だけど)も蘇生された。

 これまでの経緯を聞くと、あれから既に3ヶ月が経っていて、瑞希たちは何と月に行って私たちの魂を回収してきたという。

 何がどうしてそんなことになったのかよく分からないけど、私たちを生き返らせるために必死で動いてくれたのは分かった。


 でも、気掛かりな点が二つある。

 一つは皆の心の声が全く聞こえなくなってしまったこと。

 アメリカに行ったときは、皆の心の中継をしていて、全員の考えてること、見えてるものを常に把握できていた。

 それが今は何一つ分からない。

 他人の心を見れないのがこんなに不安になるなんて、今まで思わなかった。


 どうも、私の特殊能力は一度死んだことでなくなってしまったらしい。

 というのも、武蔵の視力、茉莉の筋力も蘇生されることによってなくなってしまったみたいだから。

 エマとイーサンも蘇生されたようだけど、彼らは元々特殊能力は持っていなかったので、代わり映えはしないらしい。ただ、彼らの母親であるアリスが言っていた(らしい)、脳に入れたリミッターがなければ、すぐに脳がオーバーヒートしてしまうはずだったのが、特に問題なく生きてるようだから、私たちと同じように普通の人に生まれ変わったのかもしれない。

 ずっと、普通の人に生まれたかったなんて思いがあったのに、今は能力が失われたことで、強い喪失感を感じている。

 やっと人の役に立てるようになったと思えたのに。


 もう一つの気掛かりは、報酬の件。

 徳永氏を見つけて、地球を元に戻す方法を聞き出したら、1億円の報酬がもらえるはずだったけど、あれは結局どうなったの?

 まだ人類の危機は去ってないけど、いくらか報酬はもらえるのかしら。

 こんなこと、いやらしいと思われるから、鍊に面と向かっては訊けないわ...


【鍊】

 皆の魂を身体に戻すことに成功して、全員無事に蘇生できたものの、今まで鍛えてきた特殊能力は全て失われていたらしい。

 原因は恐らく時子に身体を再構成されたときに、特殊能力を司る器官がなくなってしまったのではないかという玲奈さんの推察通り、CTスキャンで確認した皆の視床下部の大きさは、普通の人と同じ大きさになっていた。


 瑞希が聞いた話によると、今後、地球で生まれてくる子どもは全員が何らかの使命を持たされて生まれてくることになるだろう。

 エマとイーサンの頭には、蘇生されてから、徳永チルドレンを倒そうという考えはなくなっていた。

 記憶としては残っているようだが、地球をキレイにするという使命もなくなっているようだった。

 ということは、これから生まれてくる子どもに対しても、時子に再構成してもらえば、危険な使命は取り消せる可能性が高そうだが、日本で一日に生まれる新生児の数は千人強というから、それだけの数を対処するのは無理だ。

 ましてや、海外がコロナウイルスで大打撃を受けているとはいえ、感染を免れている人たちからは子どもが生まれるはず。

 その子たちまで対処するのは、個別には不可能だろう。


 これらの状況については日本政府に報告され、専門チームを結成して対応が検討されることになっていて、これまでの経験から一応私たちも対策メンバーの一員として、対応案について発言できる立場になっていた。

 政府の動きを聞いていると、「日本の子」には受精卵に対しても遺伝子操作が行われるという噂は本当で、基本的には遺伝病の発現因子を取り除く操作が行われていたらしいが、全員の遺伝子マップが保存されていて、特に徳永チルドレンの遺伝子は研究が進められているという。

 てことは、やはり皆と同じ能力を持つ子どもを作ろうという動きがあるということだろうか?

 とにかくこの後生まれてくる子どもたちがどんな使命を持たされてくるのか、想定を深くして対処しなければならない。


 ちなみに月で回収した6つの魂の内、5つは病院で皆の身体に戻せたものの、1つ余ってしまっていた。

 あの時、静の魂だと思って瑞希が回収した真っ赤な魂は静のものではなかった(既に静の胸に魂は存在していた)。

 取り敢えず、中性子容器に保管してあるものの、真っ赤な魂は徳永チルドレンの徵だったから、徳永氏の隠し子?ではないと思うが、普通の魂ではないことだけは確か。

 何か意味がありそうだが...


 その後、日本政府はコロナウイルスのワクチンの治験を完了させ、国内で「地球再起計画」を発表した。

 これは、地球氷河期化、新型コロナウイルスによる地球人口の減少(結局現時点で9割が死亡した)、これから生まれてくる子どもの魂が持つであろう危険な使命について、すべて隠さずに告げ、全人類をあげて対処をしていこうという投げ掛けだった。

 こんな発表をしたら、パニック、絶望、暴動、自殺、テロなどが多発してしまうことが懸念されたものの、検討すればするほど秘密裏に解決できる案件ではないことが明らかになり、正直に国民に伝えるべきとの結論になった。


 果たして、国民の反応はどうだったのか。

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