第85話

 いつの間にか宇宙機は月の淵に向かって進んでいた。

 月の淵ギリギリを飛行することで月の重力で加速して、地球に向かうはず。

 それでも月の重力は小さいから、往路よりもスピードは遅い。


 真っ赤な魂が地球で人間として生まれてくるのは、早くても10ヶ月後。それまでに何が起きるのか、どう対処すればいいのか考えておかないと、人類は滅びてしまうかもしれない。

 早く地球に戻って色々なパターンを想定した対処方法を練らないと。

 それと、ソマチットは彼らの仲間だと言っていたけど、どういうことだろう?


『王』

「あ、ソマチット。僕の心の声を聞いててくれたの?」

『はい。きちんとご説明いたします』


 こうして、宇宙エレベータ静止軌道ステーションに着くまでの間、心の中でソマチットの話を聞くことになった。


 彼らは生命体というよりも、意識体と言った方が正しくて、人間のように物質としての身体は持たず、意識と記憶がダークエネルギーと結びついて存在しているらしい。

 そして、意識と記憶は次から次へと受け渡されて行くため、寿命というものはなく、彼らの宇宙が存在する限り、彼らも存在し続ける。

 道理で数億年でも気にしない訳だ。


 ただし、その意識体の数は片手で数えるほどしか存在しておらず、中でも何らかの行動を取っているのは地球を作った奴とソマチットの二人のみとのこと。

 彼らの宇宙と僕らがいる宇宙は直接やり取りすることはできないけど、ダークエネルギーを介して異なる宇宙間でも情報のやり取りや重力への干渉が行えるらしい。

 彼らが地球を作った時もダークエネルギーを利用して、長い時間を掛けて材料となる物質を少しずつ集めてきたらしく、ソマチットはその一部始終を見てきた。


 ソマチットの意識は地球だけではなく、僕らがいる宇宙全域を見ていて、他にもいる色々な生命体に関わってきたらしい。


 なぜ僕のことを「王」と呼んで便宜を図ってくれるのかという疑問については、ソマチット自身もよく分からないと言う。

 ずっと勝手気ままに僕たちがいる宇宙を見渡していたソマチットは、ある時自分の「使命」が僕に仕えて僕を護ることだと強烈に悟った。それが、今から60億年ほど前。まだ太陽も、地球も生まれていない頃。そんなに昔からここに太陽系ができて、地球に生き物が生まれ、僕が日本の子として生まれる事が分かっていたということ?

(ここって言っても、僕たちの宇宙は膨張し続けていて、更に銀河系も回転しているから、明確な位置なんてものはないはずなんだけど)


 その後、太陽が生まれ、惑星も生まれ、地球に生物が落ちてきた。

 その後もソマチットは地球を見続けていたけど、いつしかダークエネルギーを介してある生き物を操れることに気づいた。

 それがソマチットの祖先だった訳だけど、僕らの宇宙で、ある意味身体を持つことになり、人間が生まれるまでにも色々な生物に関わり、人間にも影響を与えてきた。

 それがラスベガスで会ったアリアたち、アメリカンインディアンだったのだろう。


 結局、何故かは分からないけど、僕は神様のような存在に、生まれた時から護られているということらしい。

 自分自身で言うのもなんだけど、自身より更に高次の存在から僕を護る使命を受けて、堅実に実行しているソマチットに護られてる僕って、どれだけVIPなんだろう。

 僕が死ぬと彼らに何かとんでもないことが起きる、とか?


 こうして、2日後無事に静止軌道上の宇宙エレベータステーションに到着し、父さん②とアリスも一緒に下りのエレベータに乗って、地球に戻ることになった。


 地球側の宇宙港に着くと、警察が待ち構えていて、父さん②とアリスを拘束すると言い出した。

 確かに地球規模のテロを引き起こし、最終的に地球を破壊しようとした張本人ではあったけど、今はどちらかというと地球を元に戻す協力をしてくれそうに見える。


「一旦警察で話をしてくるから、それまでEmmaとEthanを頼む」

 父さん②はそう言って、素直に警察に連れていかれた。


 僕らはその足で直接果歩たちが眠っている病院へ向かった。

 魂を身体に戻す方法は定かではなかったけど、皆の所に行けば何か手掛かりが見つかることを期待していた。


 皆が眠っている病室に着くと、早速中性子容器を開けて、魂を外に出した。

 僕らには見えないけど、静が見てくれていて、6つの赤い魂が出てくるのが見えてるらしい。

「さて、ここから皆の中に戻すにはどうすれば...」

 静は見ることはできても、触ることはできない。


「今ここにいる魂たちは、皆の中にいた記憶はあるのかしら?」

 玲奈さんが疑問を口にした。

「記憶があるのであれば、この状況を見て、自分がまだ生きている事が分かったら何らかのアクションを起こすんじゃないかしら」

「例えば?」

「自分の身体に入ろうとするとか」

 なるほど。

「静が見えてる魂たちは今どうなってるの?」

「それがね、6つの魂が紐状になって、全部絡まっちゃってるんだ」

 えー!?

 それって、どうすりゃいいんだ?

 どうも、自ら元の身体に戻るということは期待できなさそうだ。


 そういえば、ソマチットが魂は胸骨に格納されてるって言ってたな。

「静、僕の魂は僕のどこにあるの?」

「胸の真ん中に点になって見えてるよ。例によって真っ赤だけど。あ、もしかして!」

「次元が違うってこと?」

 静が続けるより先に玲奈さんが答えた。


「魂が身体の中に格納されるとき、次元の折り畳みが起きて、1次元の状態で格納されてるのかも」

 おーう、また全然分からない話になってきた!


「果歩ちゃんにあげたあのペンダント、もしかしたら使えるかも」

 確か思念波を増幅する力があるという、核融合炉の部品?

 そのペンダントは、ちょうど果歩が寝ているベッドの横に置いてあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る