第87話
【御影 桃里】(?)
「ちょっとちょっと!何か映画みたいな話になってんだけど!」
朝のホームルームの前、クラスメイトの一人が興奮しながら教室に入ってきた。
僕もその理由は分かっていた。
昨日の夜に日本政府から発表された「地球再起計画」のせいだ。
海外で起きている地球氷河期化と致死率の高い新型コロナウイルス、核融合炉の停止によって9割の人間が死滅してしまって、これから生まれてくる子どもが人類を滅亡させる「使命」を持ってこの世に生まれてくるという、エイプリルフールにしては大袈裟な嘘だなと思わせるような話と、人類滅亡を阻止するためにすべての国民に協力を求めるというものだった。
これまでの間の海外の情報は、全てAIが作り出したフェイクニュースで、海外に行ったはずの人には、海外に行った記憶が脳に書き込まれていたという、SFの話かと思うような現実が僕らの知らない間に起こっていたというのだ。
ネット上の世論調査の状況は、半信半疑、賛否両論、関わりたくない、協力したいと真っ二つに割れているようだ。
普段の僕だったら、「いや、そんな事言われても何もできる訳がないし」と諦めるところだけど、今回はちょっと違う心境だった。
実はこのニュースが報じられる前の晩に見た夢が、僕が地球を救うという夢だった。この僕が?。自分でも荒唐無稽だと思うが、あまりに強烈過ぎて、起きてからもずっと頭に残っていて、思い出すと今でも身体が震える。
そんな事ができる訳がないと分かっていながらも、この興奮は収まらなかった。
まあ、僕の得意技と言えば、「瞬間素数判定」くらいなもので、地球を救うのには程遠い能力だ。
数十桁の数字であっても、それが素数なのかそうでないのかを、瞬時に直観で判断できるというもので、一度だけニュースで取り上げられた事があったものの、その後は何もなかった。
素数とは、その数と1でしか割り切れないという数のことで、その出現の不規則性から、昔は暗号に使われていたらしい。
EPR通信が発明されてから、通信での暗号化がほぼ不要になり、更に量子コンピュータによって比較的短時間で解読されてしまうことから、素数を使う暗号は使用されなくなった。
ちなみに今見つかっている最大の素数はメルセンヌ素数という、2の冪乗-1の形で表されるもので、2400万桁以上の桁数となっている。
数字を読むだけでも何年も掛かる桁数だし、ま、絶対に覚えられないよね。
だから、身体障害者の僕には、地球を救える訳はないと思っていた。
生まれた時から眼の見えない全盲。筋肉の細胞が自身の免疫システムによって攻撃され、一定以上に発達しない。だから、移動は電動の車椅子を使っている。
車椅子はAIでコントロールされていて、目的地には自動運転車とも連携しながら自動で行ってくれるから、不自由に思うことは少なかった。
眼は、今なら電子デバイスに置き換えて、脳に映像を映すこともできるようになって来てはいたものの、眼球の摘出とカメラの埋め込みで、異形な姿にならざるを得ず、見えるようになる視力も0.01程度とのことで、見えないよりは全然いいと言われたけど、今後の更なる医療技術の向上を待ちたいと思って手術を受けなかった。
その後、「地球防衛隊(仮称)」なる組織が発足され、民間人も動員して人類の滅亡を阻止しようという動きが始まった。
この時になっても国民の意見は二つに割れたままで、海外支援についても、賛否両論となっていた。
そして、患者がいないにも関わらず、新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、国民の93%が接種を受けた。その背景にはこのウイルスの致死率の高さが影響していた。
感染すると、24時間以内に死亡する確率が97%にも及び、助かったとしても、中枢神経に障害が残り、植物状態になると言われており、海外の悲惨な状況が報じられたためだったと思われる。
下手に海外支援をすれば、このウイルスが国内でパンデミックする恐れから、鎖国を守るべきとの意見と助けを求める人がいるのなら何とかして救うべきだという意見が真っ向からぶつかっていたが、まだ実際に海外に支援を行う動きは取られていなかった。
「地球再起計画」が発表されてから半年が経って、そろそろ例の「使命」を持った子どもたちが生まれてくることへの政府からの対応案が示されることになっていた。
半年前以降に妊娠した女性にとって、この間ものすごいプレッシャー(我が子が人類を滅ぼすことに荷担するのではという恐怖と周りの人から無言の産むなという重圧)が掛かっており、耐えられずに中絶してしまった人や自殺をしてしまった人も発生した。
残念ながら子どもが生まれた後、何かが起きた場合にどうすればいいというアドバイスは誰にもできなかった。
子宮内の細胞診によるDNA解析も行われたものの、どんな「使命」を与えられたのかは解るべくもなく、科学の範疇外となる祈祷などの神頼みに縋る人も少なくはなかった。
そんな中、僕の中では地球を救うという思いが勢いを増して、暴れ出していた。何ができる訳でもないのに、気持ちが高まり続けて堪えられなくなっていた。
このままでは爆発しちゃう...
そこで僕は例の「地球防衛隊(仮称)」に応募することにした。
何も持ってない僕が応募しても門前払いされるだろうと、これまで何もして来なかったが、もう限界だ!
当たって砕けろってことで!
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