第77話

「何かが月の中心に詰め込まれています。恐らくそれが月の見かけの質量を増加させているのだと思われます、スゴく嫌な感じがします。なぜでしょう」

 時子さんにとって嫌な感じがするものが一体何なのか、ちょっと恐いけど、徳永氏が絡んでいることは間違いないだろう。


「全員チェック完了。一人ずつエアロックから船外へ」

「あ、ちょっとやることがあるから先に行ってて」

 玲奈さんがさっきの機械で何か作り始めたみたいだけど、僕はエアロックに入らされて見えなかった。


 ブーン!

 何かが回り始めた音がする。


 ザラザラ!

 何か砂のようなものが当たる音?


 いったい何を?

 そこでエアロックの空気が抜かれて何も聞こえなくなった。


 エアロックの外は灼熱の月面。

 とは言っても、温度調節機構が働いてるから、暑くも寒くもないんだけどね。

 低い重力の中、跳ねながら歩く体験ができると思ったのに、地球と全く同じ感じでテクテク歩く。

 地球と違うのは空が蒼くなくて、太陽も含めて星が一杯見えること。

 太陽が見えてるのに、周りに星がたくさん見えるって、不思議な光景だ。


 皆が出てきた後、最後に玲奈さんが金属製の箱を持って着陸船から出てきた。

「お待たせ」

 あの中には何が入っているんだろ?


 早速近くの建物に近づき、時子さんが入口と思われる扉を調べた。

「罠、攻撃手段は見当たりませんが、外からは開けられないでしょう」

 という話を聞いていたかのように扉が開き始めた。


 音が全く聞こえないから、扉が開き始めたとき、恐怖で動けなかった。

 予期していないことが起きると、人は恐怖に駆られるのだと、改めて感じた。

 入口を入ると全員が入れるほどの広いエアロックになっている。僕らが入ると、照明が点いてとても明るくなった。

 扉が閉まり、空気が入り始める。と同時に、AICGlassesに表示されている外部空気圧の表示も上がり始めた。

 表示が14psiを超えたところで、扉の近くの赤いランプが緑色に変わり、空気の流れが止まった。

 地球の気圧より少し低いけど、支障はないレベルだろう。

 すると、内側の扉が開いたので恐る恐る入ってみると、20畳くらいのリビングのような部屋で、ソファーや椅子が置かれている。

 この建物、どういう想定で建てられたものなんだろう?

 徳永氏たちだけで使うなら、こんな広さは要らないはずなのに。


「ようこそ、招かれざる諸君!」

 唐突に部屋中に響き渡る女性の声が聞こえた。が、姿は見えない。

「我々を止めようとしてるようだが、ムダな努力だと初めに言っておこう。地球は一旦リセットし、生物の住まない星に作り直すことにした」

「あなたは誰ですか?」

 一方的な話に耐えられず、鍊が口を挟んだ。

「私はAlice White。地球をキレイにするために生まれた者だ」

 ジュリアが言っていたエマとイーサンの母親だ。

「徳永秀康氏はここにいますか?」

「いるが、君たちに会うつもりはないそうだ。私は君たちに少しだけ興味がある」

 徳永氏がいることは確定したけど、このアリスという人、一筋縄では行かない感じがする。


「本来我々と同じように地球をキレイにするという使命を持って生まれるはずの徳永の子どもが、何も使命を持たずに生まれたのはなぜだ」

 そんなこと言われても...

「日本の子は人工授精の際に遺伝子操作をされているという噂があったけど、そのせいかも」

「そうか。後で調べさせてもらおう」

 ギク。罠ではないと踏んでたけど、僕ら既に囚われの身なんじゃ...


「EmmaとEthanを倒したようだな。我々にやっと生まれた子たちをあっさりと倒すとはな」

「僕が倒しましたが、死んだ訳じゃないんです。この月にあるはずの二人の魂を見つけ出せれば、生き返らせることができるはずなんです」

「魂?なぜそんなものがここにあるんだ?」

 魂のことを知らない?

 では徳永氏は人間の魂を滅ぼそうとして月に来たんじゃないのか。

 なら、

「人間は死んでしまうと魂が月に来て、次に地球で生まれるまで待機をするらしいんです」

「してその証拠は?」

「僕の中のソマチットがそう言ったんです」

「ソマチット?そんなものがいると本気で信じているのか?」

「え?だって...」

「恐らくそのソマチットとやらと話をしたんだろうが、それがお前の思考による産物ではないと証明できるのか?」

 ソマチットが僕の想像?

 いやいやいや、僕の知らないことをたくさん知っているし、アドバイスをしてくれたりするし、想像な訳ない、よね?

 確かに実体を見たわけではないけど。


「まずお前たちに聞いておきたいんだが。人間が地球にとって必要だと思うか?」

「地球から見たら、人間に限らず生物は皆必要とは言えない」

 鍊がすかさず答えた。

「お、話の分かる奴もいるようだな」

「でも、時子さんは僕たち人間と生きて行きたいと言ってくれた」

 僕は思わず口を挟んだ。

「時子さんとは誰の事だ?」

「ここにいるアンドロイドの時子さんには、地球の意識が憑依してるんだ」

「また何を根拠に言ってる?」

「心肺停止になってたエマとイーサンを地中に埋めて生き返らせたんだ」

「何?二人の状態はずっとモニターしているが、既に死んでから1ヶ月近く経っているぞ」

「だから、頭の中に入れられたチップも取り除いたんだって」

「あのチップを取り除いてしまったら、それこそ死んでしまうぞ」

 ジュリアはアリスがエマとイーサンを常に活性化させておくためにチップを頭に埋め込んだと言っていたが。


「あのチップは脳活性を抑えるためのもので、チップを外せば、EmmaとEthanの脳は数日で燃え尽きてしまうんだ。それが私たちの子として生まれた定めなんだよ」

 ジュリアの言ってた事と正反対じゃないか...

「とにかく、あの二人はまだ生きているんです」

「分かった、後で検証させてくれ。その前にお前たちに確かめたいことがある。本気で地球をリセットしなくてもやり直せると考えているのか?」

「残念ながら根拠はありませんし、かなり分が悪いことも理解しています」

 玲奈さんが弱気な発言をした。

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