第53話
【武蔵】
母ちゃん...
静姉、いや父ちゃんが作ったクジラの腹の中で、アメリカに着くのをひたすら待っている。
クジラは一人に一頭用意され、それぞれの装備、食料、徳徳ドローンが積まれていた。
外は見えないが、明るく、居住スペースはかなり広く、シートベルトの付いた座席やベッド、トイレも付いていた。
エネルギー源は常温核融合炉だったが、常時稼働するのではなく、蓄電池に充電した電力を使うようになっていた。
融合炉の駆動音を探知されるのを防ぐためだ。
そのため、クジラが泳ぐ時もモーターではなく、人工的な筋肉を動かして尾びれで泳ぐらしい。
父ちゃんも、よくこんなものを短期間で作れるよな。
今は大型のドローンに吊り下げられて、時速200kmで飛行しているが、かなりの揺れがあった。
外は猛吹雪で海も荒れているらしい。
現在位置や姉ちゃん、兄ちゃんの情報はAICGlassesで常に確認できるが、母ちゃんと離れて行く感覚に、どうにも不安を感じていた。
戦闘訓練に関しては、自衛隊の中でも誰にも引けを取らない位積んできたつもりだが、精神の一部は実年齢を超えられないということなのか...
俺らを乗せたクジラを積んだ大型ドローン6機は、光学迷彩を展開しつつ、北太平洋を東へ飛行していた。
これまでアメリカに潜入しようとしたドローンは、全てアメリカ領土まで50kmの辺りで通信が途絶えていた。
その辺りに光学迷彩を探知できる防空網が敷かれているということだ。
俺の眼でやっと探知できる光学迷彩を、アメリカはいとも簡単に探知できる機器を開発している、そんな事ってあるのか?
そう言えば、光学迷彩は超音波による探知には無力だったはず。
「父ちゃん、このクジラ、超音波探知モジュール積んでる?」
EPR通信で父ちゃんを呼び出す。
「お、さすがだね武蔵。当然積んでるよ。恐らくアメリカ領土の近くには超音波による防空施設が高密度に敷設してあるんだろね。領土まで100kmまで接近したら、クジラを分離して海中から侵入してもらうナリ。うまくやり過ごせるといいんだケロ」
知ってたなら、なぜ先に教えないかな。
そして出発から2日後、クジラの投下地点に到達した。
これまでの間は敵に見つかった気配はない。
ドローンがゆっくり降下して、クジラが海に着水した瞬間、軽い衝撃の後、大きく揺れ、海に潜って行くのを感じた。
波に揉まれる感覚はすぐになくなって行く。
皆からも無事に着水したという報せが入った。
ここから、アメリカ西海岸サンフランシスコ付近まで約100km、3時間くらいで着く予定だ。
このクジラ、感覚器として、眼球と耳を持っていて、視覚と聴覚情報が取得できるようになっているらしい。
また、スピーカーからクジラの鳴き声を出せるようになっている。実はこの鳴き声を使って、潜水艦のアクティブソナーと同じことができる。
それらの情報は、EPR通信で日本と時子に送られ、基本的には時子が6頭全ての個体を制御している。
時子の思考は、元々のAIとしてのものと地球としてのものがハイブリッドされて行われているらしい。
AIの思考の上位に地球の思考が被さる形だ。
だから、AIは地球の思考の補佐をしたり、自律的な部分を司っている。
「1時の方向、距離8km、深度100mに潜水艦探知。警戒体制。これより、会話を禁止します」
突然、時子から報告が入る。鳴き声による敵潜探知ができたようだ。
通常、軍用潜水艦はなるべく音を出さずに、パッシブソナーで聴音することによって敵艦を補足しようとする。
逆にクジラは生物だから、鳴き声を出しても怪しまれない。
不自然な動きをせずに群れのまま進む。
時折海面に出て、呼吸の真似事をするのも忘れずに。
「敵潜水艦が回頭、こちらを指向しました。スクリュー音紋解析。アメリカ海軍のSSN(攻撃型原子力潜水艦)バージニアクラス、艦名はアーカンソーです」
見つかった?
「アーカンソーは既に15年前に退役した艦のはずです。タービンの駆動音から原子炉も換装されていません」
退役した艦がなぜ運用されているんだ。
カン!
「敵潜水艦から探信音。見つかりました。が、このままやり過ごします」
時子はバレないと踏んでいるようだ。
「敵潜水艦から魚雷発射管注水音、魚雷が来ます」
このクジラ、生物に似せるために装甲も武装も全く装備してないが、どうするつもりだ。
「魚雷発射音6、まっすぐこちらに向かってきます」
本当に撃ってきた。当たればひとたまりもないぞ。
「誰も乗っていないクジラを一頭先行させます」
息子役のクジラを先に行かせて魚雷の挙動を見るということか。父ちゃん、そこまで考えて6頭用意してたのか!
一頭だけ敵の潜水艦に向かって先行し始める。
まっすぐ行くと怪しまれるかも知れないので、蛇行しながら我々から50mほど離れた。
魚雷は先行したクジラを指向して直進する。
母艦による有線誘導だろう。
魚雷との距離は既に1kmを切っている。
先行クジラが魚雷をまともに食らったら、爆圧でこちらもただでは済まない。
カン!
ワイヤーを切り離して魚雷のソナーによるホーミングに変わった。
カン!カンカン!
探信音の間隔が狭くなってくる。
最終段階だ。これは命中するぞ。時子、どうする!
と思ったその瞬間、魚雷は回頭して海底に向かって沈降していった。
助かった...
こちらに向かっていた魚雷もギリギリで回頭した。
その後は先行したクジラと合流して、群れをなしながら海岸に向かい、敵の潜水艦の探知範囲外となった。
無事にやり過ごせたようだ。
「時子、なぜ魚雷が避けると思ったんだ?」
「私の知っている徳永秀康氏は、むやみに生き物を殺す人ではありません。配下の人間やAIであってもそのポリシーは貫かれていると思いました」
「しかし、既に人類の3分の2がもう一人の父ちゃんに殺されたんじゃないのか」
「確かにそうですが、恐らく人間だけが地球から排除すべき対象になったのだと思います。先ほどの魚雷、こちらが回避行動を取れば、人間によるものと判断してそのまま沈めるつもりだったのでしょう」
敵が人間以外は殺さないと信じてたってことか。敵を信じるという概念は初めてなので、ちょっと戸惑うが、悪くない感覚だ。
しかし、アメリカでも生きている都市は数えるほどで、ほとんどの地域は雪に埋もれているはずだが、潜水艦や防空網が稼働しているのはなぜだ。
さて、上陸地点に近づいてきたが、我々が行く前に、また先ほどの斥候クジラを先に行かせることになった。
海岸から2kmの地点まで行き、海面に浮上。周囲を確認した後、偵察用の徳徳ドローンを上げた。
吹雪で視界が狭いが、無事に陸地まで到着し、上陸地点の安全を確保した。
「では皆さん、上陸地点の安全が確認できましたので、装備を確認してドローンに搭乗してください」
時子から指示が出る。
遂に上陸だ。
母ちゃん、絶対に帰ってくるからな。
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