Intermission

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【Ethan】

 取り敢えず、僕らの自己紹介をしておこう。

 僕らは徳永秀康という日本人の父とAlice Z. Whiteというアメリカ人の母との間に生まれた双子だ。

 僕が兄のEthanで、妹がEmma。

 2033年生まれの13歳。


 父も母も桁違いの頭脳の持ち主で、父は原子核物理、母は脳科学と情報工学において、数世紀先の知識と技術を確立していた。


 そして、僕らは生まれたときから頭の中に使命が刻み込まれていた。

「地球をキレイにする。手段は選ばず(Clean the earth by any means.)」

 この言葉が常に頭の中を回り続けている。

 小さい頃はうるさいなとも思ったが、今では気にならなくなった。

 父も同じ使命を持って生まれたから、子どもの頃から一緒に地球をキレイにすることばかり考えている。だから気にならなくなった。


 僕らは生まれて2週間で脳外科の手術を受けた。

 執刀医は母だ。

 普通の人間の中枢神経は、関連する思考や記憶がリンクして行くことで発達し、逆に思考を止めることでその分野に対する働きや記憶が弱まって行く。

 しかし、僕らは生まれてからの記憶を全て覚えている。

 手術で埋め込まれた生体チップが、神経を常に活性化させていて、眠くなることもない。

 と言うか、眠いという感覚を知らない。

 当然脳には大きな負荷が掛かるから、僕らの寿命は短い、と母から告げられた。

 だからと言って、僕らは全く悲観的になったりはしない。むしろ地球をキレイにするために睡眠のようなムダな時間を使わなくて済む。

 父も母も僕らも地球をキレイにするためなら、正に手段を選ばないのだ。


 そのために、父と母は子どもをたくさん作りたかったようだが、僕ら以外は全員流産した。

 受精卵で融合したDNAが途中で暴走して、ヒトにはないタンパク質を生成させてしまい、早い段階で奇形児になってしまったのだ。

 僕らは一卵性双生児だったせいか、DNAの暴走が起きずに済んだらしい。


 僕らは父と母の頭脳レベルを継承し、子どもと呼ばれる年齢で、僕は宇宙工学、Emmaはウイルス工学で博士号を取った。


 その後、僕は宇宙機の推進方法として、磁気単極子によるモノポールエンジンの研究に取り組み、昨年には実証試験機を作り上げた。

 磁気単極子は実空間には存在できないとされ、実空間内では必ずN極とS極が対になる磁気双極子となってしまう。

 だから磁気単極子は、我々の住む宇宙と、異なる宇宙の両方に存在させることで存在できるようになっている。

 一つの磁石のN極がこちらで、S極が別の宇宙に存在するということだ。

 磁気単極子を通過する陽子は陽子崩壊を起こし、莫大なエネルギーが放出され、これを推進力に用いたのがモノポールエンジンの仕組みになっている。

 磁気単極子を保持するために強化型の常温核融合炉を12機使用して、出力されるガンマ線を共振させることで発生するエネルギーを使い、理論上はこのエンジンで宇宙機を光の速度の95%まで加速することができ、恒星間の移動が可能になるはずだ。

 とは言え、まずは太陽系内の移動がメインになるだろう。


 Emmaはウイルスの研究に没頭して、ヒトの神経を麻痺させる極めて毒性の高い毒を合成するコロナウイルスを作り上げた。

 このウイルスにヒトが感染すると、ウイルスはごく微量のボツリヌストキシンを生成する。ボツリヌストキシンは地球で最も毒性の高い分子の1つであり、わずか数十μgで自律神経を麻痺させ、感染者は呼吸困難になって死に至る。

 当然だが、同時にワクチンも開発している。そうでなければ、兵器としては利用できない。


 兵器。


 そう、僕らは地球をキレイにするために人間に滅んでもらうことにした。

 父は若い頃、人間を残して地球をキレイにしようとしていたらしいが、人間がいる限りいずれ環境を破壊し始めるという結論に達した。

 地球上の生物の中で、人間だけが環境破壊を続けている。

 人間として生まれただけで、夥しいほどの資源の乱用・廃棄、空気・土壌・海洋の汚染、熱の発生、動植物の殺戮を繰り返す。


 一人残らず。

 これがなかなか難しい。

 最終的には僕らも死ぬが、その前に地球上に人間を残すわけには行かない。

 どんなに強力な兵器を使用しても、どこかで生き延びる人間がいる可能性がある。

 それと、核兵器のように地球環境を破壊することも許されない。第一の目的は地球をキレイにすることなのだから。


 まずは世界でベースエネルギーとなっている常温核融合炉を止めて、地球温暖化の原因となっていた熱の発生を抑え、密かに世界中の海底に設置したMHD推進器で海流をコントロールして、熱帯地域で温まった海水が極方向へ流れないようにした。

 これだけで、地球の平均気温は10度近く下がった。


 更にアメリカ政府所有のHALO-9800という名前のAIがハッキングした、日本以外の宇宙エレベータの熱排出連続限界運転によって、宇宙エレベータ付近の気温が10度近く下がった。

 これらの地球大気温度分布の制御によって、熱帯地域での上昇気流が上空で冷やされ、極方向に冷たい空気が循環する対流が発生し、地球の気温が更に下げられた。

 これにより、大昔氷河期と呼ばれた頃の地球と同じ環境が生み出されている。


 そこにEmma特製のコロナウイルス(Emma-46)を世界中の主要都市に散布した。

 寒さと乾燥により、ウイルスは一気にパンデミックし、既に世界人口の3分の2を死滅させた。

 HALO-9800のシミュレーションでは、1年後までに世界人口の95%を死滅させることができるだった。


 そう、こんな中、日本だけがシミュレーション通りにならず、以前と同じ環境のまま生き残っている。

 日本に建設された宇宙エレベータはHALO-9800のハッキングに対抗し、結局守り抜かれてしまった。

 他国は、ほんの数秒でハッキングが完了したのに、日本には超弩級のAIが存在しているらしい。

 パンデミックにも動揺せずに、ほぼ鎖国状態で堪え忍んでいる。今までの指導者であれば何も対処できずに罠に落ちただろうに、こちらの動きを読んでいる奴がいるな。

 父のドローンを墜とした奴も同じ奴か。

 となると早晩こちらに乗り込んでくるな。

 面白い。返り討ちにしてしまおう。

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