第45話
【毛利 紳助】(元日本経産新聞記者)
近頃、世界がおかしくなってる気がするんやけど。
今年日本経産新聞社を定年退職した毛利は、今の世の中に違和感を感じていた。
日本と海外の問題がちっとも起こらへん。
ここ数年、日本に影響が出るほどの海外の事件が起きていないのだ。
以前は、中国からの攻撃やEUの解体、アメリカとの貿易摩擦など、日本社会に少なからず影響のある事件が頻発していた。
その都度日本は自衛隊を整備し、海底鉱山の発掘や人工光合成の発明などで乗り切ってきた。
おかげで今では多くの資源や食料を自給自足できるようになった。
これも26年前に発明された常温核融合炉のおかげと言っても過言ではなかろう。
当時日本国内のみで使用された常温核融合炉は、その後海外にも普及したものの、基幹部品は日本でしか生産できなかったため、生産量は限られていた。
何とか自国のみで生産できるように研究を重ねた諸外国だったが、どうしても発電できる核融合炉を作ることはできず、日本で生産される基幹部品を求めて、海外諸国同士で小競り合いが絶えなかった。
そんな状況を見かねた徳永秀一氏(秀康の父)は、その基幹部品を再設計して、国内向けに生産できる設備を整えた。
発電効率が約5%向上したその部品は国内の常温核融合炉のみで使用され、今まで生産していた部品が海外に回されることになった。
このことによって少しは供給量が増したものの、依然として常温核融合炉は世界中から求められ、あっという間に世界のベースエネルギー源となった。
ただ、常温核融合炉使用の条件として各国に課せられた環境改善課題は結局達成できず、地球温暖化に歯止めは掛からずにいた。
それなのに、最近になって日本の平均気温が下がり続けており、今年は真夏でも30℃に達しない日が多くなっていた。
世界各国の気象は報道されている情報を見る限り、変化がない。
日本だけが冷夏なんか。そんなことあり得ないはずやが。
もしかして、海外からの情報が嘘なんちゃうか?
そんな憶測をしてしまうほど現状に違和感を感じていた。
足掛け48年も記者を続けてきた毛利は、この違和感にスクープの臭いを感じ取っていた。
繋がりのある海外在住の記者や友人など、片っ端から連絡を取ってみたが半分は音信不通、半分は会話することができた。会話ができたある新聞社の後輩に鎌を掛けてみることにした。
昔と違って、海外との会話はAICGlassesであたかもそこに居るような感覚で話すことができる。
「おう!田村、えらい久しぶりやな!」
「毛利さん、お久しぶりです」
「なんや急に、お前の顔が見たくなってな」
「何年ぶりですかね?」
「お前がシンガポールに赴任してからやから、もう7年やな」
「そんなに経ちますか。毛利さんはお変わりなく」
「いやいや、もう歳やな、身体が言うこと聞かへん。ところで、お前、おかんどないした?」
「え?僕には母はいませんけど?」
「ちゃうわ、子どもん頃世話んなった人がおる言うとったやろ?」
「そんなこと言いましたっけ?」
「お前、そないなこと言うたらバチ当たるで、非道い奴やな!」
「冗談ですよ。そんなに怒らなくたって」
「逢うてへんのか?」
「そうですね、こっちに来てからは全然」
「ほうか、たまには逢うてやれよ」
「分かりました。今度日本に帰る時には必ず」
「そうやな。逢うてやれ逢うてやれ」
「毛利さん、もしかしてそれだけで繋げてきました?」
「そうやぁ、何か文句あるんか?」
「いえ」
「ほなまたな」
プツ。
接続が切れた。
クロや!
田村にそんなおかんはおらへん!
ちゅうことは、全部AIが作り出した映像やな?
何のためや。
何やイヤな予感がするわぁ。
今の話、信用できる社の後輩に話しとこ。
ネットはあかん、直接会わんと。
と、毛利はその後輩に直接会うためにボロアパートから外に出た、瞬間、
バチバチバチッ!
と音が聞こえ、そのまま前のめりになって地面が近付いてきた。
気が付くと、明るく白い天井が見えた。
ここは、病院のベッド?
「毛利さん、気が付かれました」
何や?
何で病院にいるんやったっけ?
「あなた、家の近くでひき逃げに遭ったんですよ」
ひき逃げ?
「幸い、骨にも頭にも異常はありませんでしたから、すぐに退院できますよ」
「今は何月何日や?」
「10月24日ですよ。あなたは2日眠りっぱなしだったんですよ」
10月24日?
おかしいな、15日に年金を支給されてからの記憶が全くあらへん。
何か大事なことを掴んだ気がしたんやけど、全く思い出せん...
ま、ええか。
生きてるだけで儲けもんやしな。
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