第37話

【果歩】

 やっと休みだ。

 今日は久しぶりに家に帰ってゆっくりしよう。

 就職面接のつもりが、とんでもないことに巻き込まれたわ。


 最初の頃の筋肉痛は薄らいできたものの、まだ動きがぎこちなくなるほどの痛みは残っている。


 任務中、大学の方は休学扱いにしてくれるらしい。

 どのくらい掛かるか分からないけど、戻ってきたら無事に就職できるのかしら。

 絶対に建築の仕事じゃなきゃ嫌というわけじゃないけど、折角勉強してきたのだから、活かしてみたい気はするな。


 とりあえず、お給料が出るみたいだから、それで奨学金が返せると助かるんだけど。


 しかし、私に兄弟がいたとは。異母だけど。

 年齢的にはわたしが一番お姉さんなのよね。

 ちょっと変わった子が多いけど、みんな悪い子ではなさそう。


 こうして、貸し出された自動運転車で実家のある埼玉県大宮市に帰ってきた。

 大宮といっても外れの方で、家もあまり多くない。


 私が子どもの頃は田んぼや畑も多かったけど、人工光合成が発明されてから、穀物の栽培(というより製造)はほとんど工場で行われるようになった。

 農家だった家には国から多額の補助金が支払われ、穀物工場への転換が支援された。

 水と人工光合成ユニットがあれば、空気中の二酸化炭素から炭水化物やたんぱく質を合成してくれるのだ。

 だから、昔は畑だったところにたくさんの工場が建てられていった。

 人工光合成で作られた穀物は、最初は味気なくて食感も悪かったものの、どんどん改良されて、色々な風味や食感が再現されていった。

 本物の穀物に比べてとても安いので、家ではもっぱら人工穀物の料理が並んだ。


 家に着くと、土曜日なのに母は働きに出ていた。

 土曜日はいつもなら、大学のレポートや、建築図面の作成で忙しい日なのに、今はやることが見つからない。

 夕方までゴロゴロしていると母が仕事から帰ってきた。


「お帰りー」

「あら、果歩。帰ってたの?何かスゴい仕事を任せられてるんだって?今さら「日本の子」として呼び出されるなんてビックリよね」

 母は明るく言った。

 私が子どもの頃はほとんど笑うことのなかった母が、今はよく笑う。

 なぜか?


 なんと最近母に彼氏ができたのだ。

 元々男の人が嫌いというわけではなかった母だが、当時現実から逃げるように「日本の子」政策に応募したらしい。

 とにかく「日本の子」を産めば、その後の生活が保証されると思い込んでいた。

 そんな考えでよく合格できたなとも思うけど...


 しかし現実には私が落ちこぼれて、振り出しに戻るどころか、子育てのために働き続けなければならない毎日に嫌気が差していた。

 そんな母に彼氏ができて、今更ながら青春を謳歌することになったというわけ。

 私にはまだ紹介してくれないが、話を聞いていると相当若い男らしい。

 正直、私のせいで母が苦しんでいるのをずっと見てきたから、母の笑顔は素直に嬉しかった。

 このまま、私が独り立ちできれば、母も自由になれる。

 そんな想いからも早くしっかりとした就職先を見つけなければならないと思っていた。

 今の任務とやらを本当に完遂できたら、きっと母を解放できる、幸せにできるはず、よね?


【武蔵】

 休みの日、姉ちゃん、兄ちゃんたちは一旦家に帰って、俺は富士学校に残った。

 母ちゃんも残ってるし、むしろ家族団欒てやつだ。

「日本の子」として生まれた人は皆特殊な教育を受けると聞いていたが、姉ちゃんや兄ちゃんは普通の人と同じ生活をしている。

「母ちゃん、姉ちゃんや兄ちゃんみたいな「日本の子」もいるんだね」

「そうだなぁ。優秀な遺伝子を持っていても、必ず優秀な人間になれるわけではないんだよ。ただ、お前のお父さんの遺伝子はちょっと特別製らしいから、お前の兄弟のポテンシャルは計り知れないと思うよ」

「それは俺も感じてる。茉莉姉ちゃんの動き、既に自衛隊員のトップクラスに近い」

「お前もその内やられちゃうかもな」


 確かにたった5日であれだけ成長するとなると、この先追い越される可能性は高い。

「ま、あれが彼女の特殊能力だろうから、気にしないでお前はお前の力を育てればいいさ」

 俺の特殊能力、眼の力と言われているが、一体どこまで伸ばせるのだろう。


「瑞希みたいな普通の子として生きたかったかい?」

「いや、あんな弱っちい大人になりたくない」

 本音だ。今までの訓練は楽ではなかったが、今の身体能力や格闘能力、火器運用能力がなかったらと思うとゾッとする。

「本当に母ちゃんの子どもでよかったと思ってるよ」

 それを聞いて、母ちゃんはニカっと笑った。


【瑞希】

 初めての休日が終わり、また同じ訓練が始まった。

 もしかしたら脱落する人が出るかもと思ったけど、皆普通に戻ってきた。

 むしろ、姉妹は顔にやる気を感じるほどだ。

 僕以外は特殊能力のトレーニングを進めて、何やら超人の域に達しているとか何とか。


 格闘系の訓練は激しさを増し、茉莉の速さとパワーに鍊が防戦一方になっているのが目に見えた。

 ある時は、鍊が武道場端まで蹴り飛ばされているのが見えた。

 それでもダメージがほとんどない鍊もスゴいと思うけど、茉莉のパワーは日に日に常人の域を超えてきていた。


 そんな時、僕の能力について興味深い結果が得られたということで、説明を受けることになった。


「例の死刑囚について、様々な面から分析をしてみましたが、一点だけ変化が見られた点が見つかりました。ソマチットです」

 ソマチット?


 そして、時子さんからソマチットについて説明がなされた。

 ソマチットとは、超微小生命体で細菌よりも小さく、低温、高温、真空でも死なない不死の生物であり、生物の体内に無数に存在しているものらしい。

 人間には血液の中に存在していて、宿主が病気になったりすると身体から出て行ってしまい、その人の活力が低下すると言われているらしいが、ほとんど研究が進んでおらず、そのメカニズムは謎のままとのこと。

 例の死刑囚は血液中のソマチットの量が極端に減って、意識を失ったというのだ。


 ということは、僕は念じるだけで人の血液中のソマチットをコントロールできるということになるのか?

 待てよ。

 逆に考えると、弱った人の中にいるソマチットとやらを逆に増やすことができたら、その人を元気にすることができるんじゃないの?

 これってヒーラーじゃん!


「何か閃いたようですね」

 気が付くと、時子さんが僕の顔を覗き込んでいた。

「嬉しそうな顔をしていますよ」

 そりゃ嬉しいよ。

 今まで人を殺す能力しかないと思ってたんだから。


「人の役に立てるかもしれない」

 恐らく僕は今満面の笑みをしているだろう。

 生まれて初めて解放された気持ちになった気がした。

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