第38話
【武蔵】
眼のトレーニングを始めてから1ヶ月が経った。
遠くの鳥を見つけて判別するトレーニングの効果はてきめんで、
「10時の方向、4.7km先、高度15m、鷲の親子が飛んでいます。子どもの飛行訓練かな」
「武蔵さん、遠距離視では、もう私の眼の性能を超えていますね。私の眼では子どもの鷲は視覚できません」
と時子にも認められた。
その他、高速で飛行するドローンの回転翼に表示される文字を認識する訓練や、前を見ながら視界の端に現れるものの名前と色を判別する訓練を行い、動体視力と視界を拡張することができた。
また、夜間に赤外線ライトで暗闇を照らし、ものを見る訓練も行ったが、これには少し手こずって、なかなか見えるようにならなかったものの、ある日外にいた獣の目が赤外線を反射しているのが見えるようになってから徐々に見え始め、今では昼間のように見えるようになった。
同時に遠距離射撃の訓練も進め、狙撃銃を従来のM24からM107アンチマテリアルライフルに持ち換えた。
弾丸は7.62mmから12.7mmになり、射程距離と直進性が格段に向上した。
M107の有効射程距離は2,000mだったが、2,000m先のターゲットには、ほば何も考えなくても当てられた。
現在の狙撃距離の世界記録は3,540mだが、この距離は現実離れしている。
着弾までに6秒程掛かり、その間に受ける影響は山ほどある。
場所によって違う風、気圧の変化、湿度、地球の重力と回転、弾丸の回転の変化など、すべてを計算し尽くしても当たるかどうかは分からない、そんな距離だ。
遠くを見る訓練のおかげで、4,000m先のターゲットは肉眼で捉えられるようになり、ターゲットまでの間の環境変化も読み取れるようになった。
スコープを覗くと、射撃支援衛星からの情報による弾道シミュレーションが表示されるが、それは2,000mまでで、その先は射撃支援AIでも不確定の領域となっている。
途中にある湿度の高い地帯、微妙に出てる蜃気楼、少しずつ変化する風向と風速、それらを感じ取るだけでなく、弾丸が飛んで行く中でどのように変化するのかも予測しなければならない。
もう神の領域とも感じられる距離だ。
スコープを覗き、射撃支援衛星の弾道シミュレーションをオフにして、視覚から弾道を組み立てる。
弾道は常に揺れている。
息を止め、心臓の鼓動を限りなく遅くして行く。
恐らく、25拍/分程にまで落ちている。
心拍は射撃に悪影響を与えるのだ。
揺れる弾道に周期則がないか確かめながらトリガーを絞る。
ドン!!
反動は箱形のマズルブレーキのおかげでそれほどでもないが、発砲煙で周りが見えなくなるから、発射してすぐに立ち上がって、肉眼で弾丸を追う。
弾丸は地球に沿って弧を描き、そして微妙に上下左右に揺れながらターゲットに向かう。
ズバン!
ターゲット側にあるカメラで着弾を確認。
命中だ。
ただし、5発目でやっと。
実戦では1発目で当てないと意味がない。
まだまだ精進が要るな。
【茉莉】
ジャグリングの訓練は結構楽しくて、カスケードという技では13個まで投げられるようになった。
ジャグリングのボールの世界記録は14個のフラッシュという技で、14個のボールを投げ上げて逆の手でキャッチするというものらしい。
フラッシュはキャッチさえすればいいので、その後は続けなくていい。
カスケードはキャッチしたら、またすぐに投げ上げることを続ける技なので、難易度はかなり上がるけど、何とか100キャッチは繰り返せるようになった。
これだけでもジャグリングで食べて行ける気がする。
今は、5つのカスケードをやりつつ、その少し手前で3つのカスケードを行う技に挑戦している。
投げるタイミング、落ちてくる場所、投げる高さ、その全てが少しでもずれるとすぐに破綻してしまう。
この練習のおかげで、精密にそして速く腕を動かせるようになってきた。
けど、これって本当に戦闘に役立つのかな?
まあ、基本的な筋力と心肺能力は蛸壺トレーニングでかなり上がってるから、今すぐに日本選手権レベルの自転車レースに出てもいい線行ける気がする。
【果歩】
自衛隊員の講義に参加して1ヶ月が経った。
既に全員の人間関係、上下関係、男女関係を把握し、リアルタイムでほぼ全員の心の動きが読めるようになっていた。
この子達、考えが単純過ぎてチョロいわ。
まあ、みんな真面目で一途なのはスゴいと思うけど。
兄弟たちの心もほとんど読めるようになってきて、つくづく裏表のない子たちだなあと、これも感心させられる。
腹黒いのは私独りだわ...
格闘訓練も初めは全然ダメだったけど、相手の動きが読めるようになってからは、攻撃を躱したり、受け流したりできるようになった。
もう瑞希には負けることはないわね。
でも、茉莉の速さ、鍊の心の読めなさ、武蔵のフェイントにはなかなか対応できなかった。
この子たちは色々尋常じゃないわ。
それから、兄弟たちの心を同時に読もうとしていて、ちょっと不思議なことが起きた。
食事をしているとき、瑞希が武蔵に対して心の中で
「武蔵は食べるのが早いなぁ。よく噛んで食べなさいって言われなかったのかな」
と思った時、武蔵が
「母ちゃんにも言われてるけど、なかなか止められないんだよ」
と心の中で返答したのだ。
瑞希と武蔵が顔を見合わせてきょとんとしていた。
これは、私のせいなのかな?
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