第36話
3日目、蛸壺トレーニングによる筋肉痛はまだ痛かったものの、2日目に比べたらかなり楽になっていた。
例によって午前中は蛸壺と格闘訓練を行い、午後は各自の能力訓練と自衛隊装備品の訓練を行った。
僕は例の死刑囚の結果が出るまで能力訓練としてはやることがなかったので、皆よりも先に自衛隊の装備品の訓練を開始した。
自衛隊の火器装備品は拳銃、小銃がメインで、その他狙撃銃、迫撃砲、対戦車ライフル、手榴弾、指向性の対人地雷など多岐に亘っていたが、例によって脳に書き込む機械のおかげで苦労する事なく使い方を覚えることができた。
まずは拳銃の分解と組み立てから。
陸上自衛隊の制式拳銃SFP9、9mmパラベラム弾が17発入る。
マガジンリリースボタンを押してマガジンを外し、左にあるレバーを回してスライドを前にずらすと、簡単にスライドを外すことができる。
拳銃って、こんなに簡単な造りなんだなー。
でもここに行き着くまでに、ものすごい数の試験や試射、材料選定、製造方法の確立といった歴史があるんだろうなー。
材質は金属じゃないけど、密度が高くてしっかりと剛性がある。
僕はゲームをやったことがないけど、普通の人はゲームの中でしか拳銃なんて撃たないよな。
人に対して撃つような場面がないことを祈ろう...
その他、偵察・攻撃用の光学迷彩ドローンやEPR誘導戦車などをゲーム感覚でマスターしていった。
僕はこういうの向いているかもしれないな。
しかし、昔はこれらの兵器に実際に人が乗って戦闘をしていたというのだから、正気の沙汰じゃない。
鉄の棺桶に乗って戦うようなもんだ。
その後、皆と合流して射撃の訓練をしたが、武蔵は既にほぼ全ての火器に精通していて、この訓練では教える方の立場になっていた。
小学生に拳銃の撃ち方を教わるとはね。
照準の合わせ方、引き金の引き方、ジャム時の対処、マガジンの交換など、すべてにコツがあり、既に頭には入っているものの、身体に叩き込むことが重要なんだとか。
武蔵の動きには全くムダがなく、全てが流れるように一瞬で行われる。
この歳でどれだけ訓練をしてきたんだ...
「瑞希兄ちゃん、ちょっと面白いことしてみせてあげるよ」
と、射撃場で武蔵が標的を拳銃で撃ち始めた。
標的はマンターゲットという人の形をしたもので、中心部が黒く塗りつぶされている。
ドン!ドン!ドン!・・・
スゴい速さで撃ち続けて、最後に一呼吸置いて
ドン!
と撃つと、ターゲットの真ん中が破れて後ろに落ちた。
それを持ってきて見てみると、何と心臓の形に切り抜かれていた。
心臓の形の輪郭に沿って着弾させ、最後に真ん中に当ててターゲットを引きちぎる。
こんなこと、他の自衛隊員もできるの?
「多分俺にしかできないよ」
武蔵もオリンピックの射撃競技に出れば優勝できるんじゃないの?
そんな毎日が続いて、5日が経った。
初めての休日は自動運転車で一旦家に帰って、必要なものを持って来ようとしたけど、大して要るものもなく着替えくらいしか持ってこなかった。
母にも会って話をしたものの、特に意味のある会話もしないまま。
今回の召集を受けて何か話があるかとも思ったけど、何もなかった。
実は自分に兄弟がいたとか、落ちこぼれじゃなく特別な「日本の子」だったとか、話してみようかとも思ったけど、途中で話す気がなくなった。
昔からこんな感じの関係が続いている。
【茉莉】
お母さんにどういうことなのか問い詰めなくっちゃ。
私は訓練の休みに、檜原村の実家まで自動運転車に乗って向かっていた。
いやー、でも17年生きてきて初めて自動運転車に乗ったよ。
コレにもAIが付いてるんだよね。
世の中AIだらけだね。
そう言えば、訓練のお給料、5日いたから15万円もらえるんだよね。
ちょっと自転車屋さんのネットショップを覗いてみよう。
AICGlassesで自転車屋を検索してみる。
GIOSはーと、ん?全部「SOLD OUT」?
他のメーカーも?やっぱり「SOLD OUT」だ。
お!辛うじてBRIDGESTONE ANCHORは在庫があるわ。
んー、これって、地球氷河期化で海外メーカーが動いてないからってこと?
今まで全然気が付かなかったな。
家に着くや否や、お母さんを探す。
「ちょっとお母さん。何で私が「日本の子」って教えてくれなかったの?」
「帰ってくるなりその話ですか...話せば長くなります。そこにお座りなさい」
お母さんは順序立てて話を始めた。
お母さんはお寺の一人娘として生まれ、いずれは寺を継ぐ婿養子と結婚しなければならないと考えていたものの、少し潔癖症で、どうしても男の人に興味を持てず、一緒に暮らすなど想像することすら寒気がしたという。
ということは、私が男の人を苦手なのは遺伝なのね。
そんな時、政府が募集した「日本の子」政策を見て、コレしかないと応募したものの、最終選考で落選し絶望した。
その後、政府が見込んでいた人数まで妊娠が成功しないことが判明し、最終選考まで残っていたメンバーが繰り上げ合格となり、人工受精を受けられることになった。
ただ、受精卵を子宮に戻すときに、受精卵の遺伝子に異常が見つかったため、流産、死産となる可能性が高く、産まれたとしても奇形児か障害児となる可能性も高いと宣告された。
お母さんは悩んだ。
産まれたとしても一生苦しむ子どもを産むべきなのか?
障害を持った我が子が幸せになれるのか?
次のチャンスを待つべきなのでは?
しかし、お母さんには修行や試練が大好物という特殊能力が備わっていた。
これは、自分と我が子に与えられた試練なのでは?
ありがたく受け入れなければ。
ということで、困難を受け入れて産むことを決意したお母さんだったものの、生まれてきた私は五体満足の立派な女児だった。
ああよかったと胸を撫で下ろしたのも束の間、すぐにこんなはずはないと「日本の子」の特権である英才教育と資金援助を辞退し、一人で育てるという試練を選択したということらしい。
結局私はお母さんの人生の修行に巻き込まれただけじゃないの!
素直に「日本の子」の教育を受けていれば、今頃...
ん?今頃どうなってたんだろう。
武蔵みたいに小さな頃から特殊なことをやらされ、子どもらしいことができなかったんじゃ。
確かに子どもの頃は色々辛かったけど、普通に高校まで行かせてくれたことには逆に感謝しないといけないのかも。
「分かったわ、お母さん。今まで育ててくれてありがとね」
初めて素直にありがとうと言えた気がする。
こうなったら、しっかり身体を鍛えて、任務をささっと遂行しちゃって、オリンピックを復活させて、ゴールドメダリストになるしかないわね。
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