第35話

【瑞希】

 他の皆は特殊能力のトレーニングをするためにアシスタントたちと一緒に部屋を出ていった。


 えーと、僕は何をしたらいいんだろう。

 すると、AICGlassesに時子さんの映像が現れた。

「藤堂さんのトレーニングは私が担当させていただきます」

 やった!

 リアルでないのは残念だけど、時子さんに見てもらえるならやる気が出るぞ。


「まずは藤堂さんの能力の仕組みを調べるため、動物で確かめる案も出ましたが、罪のない動物が死んでしまうのもなんですから、死刑囚の方に実験台になっていただくことにしました」

 え?

 どっちもやだなぁ...

 時子さん、かわいい顔して言うことがエグい。

 て言うか、鍊は人間で試すのはなんですからって言ってなかったっけ?

 そこら辺の方針の統一はないってことか?


「この母子強盗殺人犯で試してみましょう」

 と、いかつい男の写真が表示された。

 確かにいかにも人を殺しそうな危ない顔をしているが...


「AICGlassesにリアルタイムの3D映像を映しますので、殺そうとしてみてください」

「簡単に言うけど、人を殺すって、そんな簡単な事じゃないよね?」

「そうですか?この人はこれとは別に殺人の前科もありますし、地球上で生きている価値はないと思われますが」

「僕に他人の命を奪う権利はないと思います」

「ではこう考えてみてください。あなたがこの人に殺された女性の夫で、1歳になる娘さんも一緒に殺され、奥さんは死姦されたと」

 う、それは非道い...


「僕はその人の旦那さんじゃない」

「でも赦されないと思いませんか?」

 うう、確かに人としては赦しがたいとは思うけど。

「本当に殺す必要はありません。あなたが殺そうとした時に何が起こるのか調べるだけです」

「分かりました。殺そうとするだけで、途中でやめますから」

 こんなことを言う時子さんは本当にAIなんだろうか...


 AICGlassesに映る死刑囚の男を見ながら、心の中で「死ね」と呟いてみる。

 特に何も起こらない。


 あれ?、この顔、どこかで...

 !!

 この人、昔僕が高校生の時に殺してしまった同級生に似てる!

 心の中に押し込んでいた暗い闇から記憶が甦る。

 ドクン。

 心臓が脈打つのを感じた。


 メラッ。

 自分の心の中に仄暗い炎が燃え上がる。


 バタッ!

 映像の男が倒れた。


 はぁ、はぁ。

 息苦しい。


 すぐに別の人が男に駆け寄る映像が見えて、何やら確認している。

 こちらに向かって、親指を立ててみせた。


 はっ!

 死んでない、殺してない?

 危なかった。

 また人を殺してしまうところだった...


「助かったみたいですね。ただ、今助かってもすぐに死刑が執行されてしまいますが」

 時子さんが冷たく言い放つ。


「これから何が起こったのか、詳細に解析を行います。何らかの化学的、物理的、生物学的な変化が見つかると思いますので、結果が出るまでお待ちください」

「時子さんはなぜそんなに冷たげなんですか?」

「先ほども言いましたが、他人を殺すような人間は地球上で生きている価値はありません」

「僕も人を殺してしまったことがあります」

「あなたは殺そうと思って殺したわけではありません」

「でも死んで欲しいと願った!」

 なぜだか涙が溢れて来る。

 今まで抑えてきた思いが涙と一緒に溢れて来る。


「今、世界の人口は3分の1にまで減りました。たくさんの罪のない人が死んでしまった。このことには恐らく私を作った徳永秀康氏が大きく関わっています。そして彼はあなたたちの父親でもあります。あなたが今できることは自分の力を使って一人でも多くの人を救うことではないですか?」

 そうだけど、こんな人を殺すなんて能力をどう活かしたらいいんだ!

 こんな能力なんかない方がよかった!

 ううっ!

 涙と嗚咽が止まらない...


 こんなに感情を露にしたのはいつ振りだろう。

 自分が「日本の子」だと理解してから、ずっと感情を殺して生きてきた気がする。

「私が思うに、あなたの能力は人を殺すだけのものではないと思います。私がきっと見つけて差し上げます」

 急に時子さんが優しくなった気がする。


 その後、時間を掛けて何とか気持ちを落ち着かせると、もう夕食の時間になっていた。


 夕食が終わって部屋に戻ると部屋の真ん中に正方形のテーブルが置かれていた。

「ああ、これ私が頼んでおいたの」

 と坂本さんが誰にともなく言う。

「私たち兄弟なのに何も知らないじゃない?毎日寝る前に皆で色々話そうと思って」

 なるほど。確かに未だに名前と特殊能力くらいしか分からないしな。

「じゃ早速。皆座って」

 4人は素直に席に着いた。


「まず最初に提案。私たち兄弟なんだから、名字で呼ぶのとか、さん付けするのとか、敬語使うのやめない?」

 と坂本さん。

「俺も小姉ちゃ、茉莉に賛成」

「私もいいわよ」

 まあ、僕も特に異論はない。

「品川さんがいいなら僕も」

「だからー、果歩って呼びなさいよ」

 僕が女性を下の名前で呼ぶ日が来るとは...一応姉だけどね。


 こうして、一人ずつ自己紹介を行った。

 皆の話を聞いていると、どうも武蔵くん以外は「日本の子」としてはうまく行かなかったみたいだ。

 茉莉に至っては「日本の子」であることすら親から教えられてない。


 そう言えば、果歩は心の中が読めるというが、結構集中力を使うらしく、いつも見ているわけではないらしい。

 僕らも鍊に教わった心を読ませない方法を試してみたが、

「あら?、瑞希、何か心境の変化があったの?前と違って、何か心が色付いたように感じるわ」

 バレてる。全然効果がない。

「うん。僕の人を殺せる能力、もしかしたら別の使い方があるかも知れないって時子さんに言われて」

「へー、そうなんだ。どういう事なんだろうね?」

「皆みたいに何かの役に立てるといいんだけど」

「ま、この後の訓練で色々見つかるかも知れないし頑張ってみようよ。私もそれなりの大道芸人になれそうだし」

 茉莉が謎の発言をする。

 なぜ今大道芸人になる?

 こうして少し打ち解けた感じで2日目が終わった。

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