第34話
【武蔵】
特殊能力のトレーニングは、時子というアンドロイドと一緒に屋外で行うことになった。
「私の眼は電子デバイスでできていますが、MEMSという技術で、人間の眼の数十倍の解像度と感度、時間分解能を持っています。今の時点では武蔵さんの眼の能力を若干上回っていると思われますが、訓練によって私の眼の能力を全ての面で超えていただきます」
望むところだ。
「武蔵さんの網膜にある視細胞は通常の人の数倍の密度で分布していると思われます。視細胞には光を感じる杵体細胞と色を識別する錐体細胞がありますが、全ての細胞が機能しているわけではありません。トレーニングによってこの細胞活性率を100%に近づけます。これにより遠くのもの、そして可視光以外の波長でものが見えるようになるはずです。また、通常網膜の黄班という中心部のみでものを見ていますが、その周りの細胞を活性化させて視認できる範囲を拡大します」
なるほど。
「更に瞬間的な映像と高速で動く物体を見続けるトレーニングで、動体視力と時間分解能を高めます」
スゴいな。
今までは実戦で眼の使い方を鍛えてきたが、視力に特化したトレーニングがこんなにあるとは。
「では、地道なトレーニングですが、まず遠くのものを細かく見分けて行きます」
おっと、ホントに地道だな。
「1時の方向、2.3km先、高度37mに鷹が飛んでいます」
む、流石に遠くて見えないが、集中、集中、んー、辛うじて小さな点が動いているような気がする。
「辛うじて見える、気がします」
「残念でした。飛んでいるのは鳶です。もっと集中してください」
何?!点にしか見えない...
「他にも色々な鳥が周りを飛んでいますので、それぞれ種類と距離を答えてみてください。まずはこのトレーニングからです」
異論はないが、まずは鳥の種類を教えて欲しい...
【茉莉】
私の筋肉が普通の人の3倍の力が出せるなんて、もしかしてドーピング疑惑を掛けられてしまうんじゃ?
私はオリンピック出場をあきらめてなかったけど、ちょっと特殊な人ということで、出させてもらえないかもしれないと心配になっていた。
まあ、まずは世界を元に戻さないとオリンピックもなにもできないか。
「キミは既に人並み外れた筋力とスピードを持っているけど、多分本来の力はこんなもんじゃないはずよ」
私には楢原一尉と呼ばれるおばさまが付いて指導してくれるらしい。
「普通の人はどんなにトレーニングをしても目で見てから反応して動き出すまで0.1秒掛かると言われているわ」
うん。どこかで聞いたことある。
「だから、実際に事が起きる前にその事を予測して動く準備をしておくことで反応速度を高めている」
それも聞いたことがある。
卓球やボクシングなど、様々なパターンを練習して次の動きを予知して動かないと間に合わないって。
「脳への書き込みによって、格闘のエキスパートの動作は会得できてるけど、キミには更に速い反応ができるようになってもらうから」
そうか、この反応の速さは脳への書き込みで獲得した能力だったのね。
でも、更に速くってどうやってやるのかしら。
「通常、目で見たり、身体で感じたことは、脳に伝わってから何をするか考えて身体を動かすけど、トレーニングで脊髄反射を鍛えれば反応時間を半分以下にできるわ。でもキミの身体は何かそれ以上のことができるように思えるのよね」
思えるのよねって、何を根拠に言ってるのかしら...
「じゃ、はいコレ」
そう言われて赤と白と青の手の平に収まる大きさのボールを手渡された。
革のような触り心地で、中に砂が入っているのか、握ると変形してギュッという音がする。
「これは何ですか?」
「それはジャグリングのボールよ。それでトレーニングしてもらおうかと思って」
ジャグリングって何?
「スピードと精確性を鍛えるのにもってこいだから。技は後で脳にインプットしてもらうけど、多分なかなか上手く行かずに苦労するわよ」
こうして私は何故か大道芸を極めることになった。
例によって頭に被せる機械で脳に大道芸人の経験をインプットしてから技をやるらしい。
3つのボールを交互に投げるカスケードという技は難なくできた。
あら?結構面白いわ。
それから、ワンナップツーアップ、シャワー、リバースカスケード、ハイローシャワー、3アップピルエットまでは何も考えずにできた。
あらら?、不思議と技の名前も覚えてるわ。
その後、ミルズメス、ウインドミル、ボックスでちょっと躓いたものの、3つボールの技は問題なくできるようになった。
あの脳の機械、人の努力って何なのかと思っちゃうわね...
更にボールを4つ、5つ、6つまで増やしたけど、大きく躓く事なく技をマスターした。
しかし、7つボールのカスケードは少し苦労することになった。
カスケードは、右手から高く投げて左手で取る、左手から高く投げて右手で取る、をタイミングをずらして繰り返す技なんだけど、ボールの数が増えるとそれだけ速く、高く投げなければならなくなる。
そして投げてから落ちる場所を毎回同じ場所(もう一方の手のあるところ)にコントロールしなければならない。
思った以上に繊細かつ高速かつリズム良く投げないと続けられないものだった。
これはちょっと難しいな。
【果歩】
「さて、あなたの人の心を読める能力、どう伸ばしていきましょうかね」
私には鍊が付いて特殊能力のトレーニングをしてくれるらしい。
「私、正直言ってこの能力を伸ばしたいと思わないんだけど」
「人の裏側が見えてしまうからですか?」
う、図星だわ。
「少し考え方を変えてみましょう。人の心を覗くのではなく、理解するという意味で捉えてみませんか?」
理解する?
「人は自分の心の中を他人に伝えようとしても、言葉では全ては伝えられません。決して同じ思いを感じてもらうことはできないんです」
まあ、そうよね。
確かに相手の心の中を見たときは、その人の感情なんかも感じられる気がする。
「また、一度に複数人の心の中を見られるようにもできれば、何か違う使い途が生まれるのではないでしょうか?」
んー、その発想はなかったわね。
確かに心の中を見るときは一人だけだったけど。
複数同時に見られることに何か意味があるのかしら。
「では早速自衛隊員のいる施設に行って、練習してみましょう」
うーん、あんまり人の心の中は見たくはないんだけどな。
こうして、私は自衛隊員が座学を行っている教室に連れて行かれ、後ろの方で見学させてもらいながら複数人の心の中が同時に見られるかどうか確かめてみることになった。
そこにいるのは大体私よりちょっと若い訓練生ばかりで、中には女性の訓練生も何名かいた。
これだけ若いと、考えてることもエッチなことや浅はかな事が多いんだろうと思って近くの男性訓練生の心を見てみると、意外に真面目に講義に集中していて、内容をしっかり理解しようとしていた。
そして、一人の心を見ながら、隣の訓練生の心を見ようと試みる。
最初の人の心が見えなくならないように気を付けながらもう一人を見ようとすると、辛うじて見ることができた。
隣の人も講義に集中しているようだ。
っと、最初の人が見えなくなっちゃった。
これはかなりの集中力が要るわ。
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