第30話

【瑞希】

 僕らは、自衛隊の基地のような所に降り立ち、大きな建屋の中の会議室に連れて行かれた。


「皆さん、移動お疲れさまでした。早速ですが訓練の説明をします。皆さんにやっていただくことは3つ。1つ目はフィジカルトレーニングです。任務の遂行には強靭な身体と体力が不可欠です。2つ目は皆さんの特殊能力の解明と開発です。能力の種類の見極めと能力を高めて行きます。3つ目は戦闘訓練です。徳永氏を探索すると、恐らくアメリカと戦うことになると思われます。自衛隊の装備を一通り使えるようになっていただきます」

 アメリカと戦う?


「とは言え、ほとんどの訓練は自動的に行われるものとバーチャルによるものですので、皆さんにはそれほど負担は掛からないと思います。それと武蔵くんは2つ目の能力開発をメインに行っていただきます。それ以外は既にエキスパートクラスですから」


 え?

 武蔵くんて、何者なの?

 さっきエレベータで会ったときの恐怖感はそういうことなのかな?


「では、皆さんが暮らす宿舎へご案内します」

 そうして、自衛隊員が寝泊まりする宿舎に案内された。

 そこは20畳ほどのだだっ広い部屋で、四隅にベッドが配置されていた。

「今日から皆さんにはこの部屋で生活をしていただきます」

 ちょっ、男女共同部屋?


「何言ってんの?!何で男女同じ部屋なのよ!」

 予想通り、品川さんが怒鳴る。

「皆さんは兄弟です。一緒に暮らすのは当然でしょう。それに任務を成功させるには皆さんが一心同体となる必要があります」

 鍊が当然のことのように言う。


「あり得ない!帰らせてもらうわ!」

 部屋の外に出ようとした品川さんを武蔵くんのお母さんが押し止めた。

「あなた、男の人が恐いのね?」

「は?!何言ってんの?」

「というか、他人が恐い?」

「意味が分からないんですけど!」

「あなたのことは 調べさせてもらったわ。小学生以降、誰とも関わらないようにしてきてるわね。何とかしたいと思ってはいるんでしょ?」

 一瞬品川さんがたじろいだように見えた。

「別にどうしたいとも思ってないわ。一生一人で生きて行くんだから!」


 すると、坂本さんが口を挟んだ。

「悪いけど、一人でなんて生きて行けないわよ。人間である限りはね」

 お!何か達観したセリフ来た。


 まーでも若い女性には男性と同じ部屋というのは抵抗あるよね。

 あれ?

 でもこの部屋で危険なのって僕だけじゃない?


「あのー、信じてもらえないかもしれませんが、僕、品川さんを襲ったりとか絶対しませんよ」

「そんなことは分かってるわ!」

 えー?、それはそれでショックなんですけど...


「あなたにはこの生活が必要です。訓練が終わった時、その意味が解るでしょう」

 時子さんが、意味深なことを言う。

 普通のAIはこんなセリフは言わないはず。


 品川さんは目を瞑って考え込み始めた。

 1分ほど経った頃、パッと目を開くと、

「分かったわ。でも何かあったらすぐ出てくわよ!」

 と捨てゼリフのように言い放った。


 女子高生はこの状況は気にならないのかな?

「坂本さんは気にならないの?」

「私はなるようになるって思ってるから」

 おー、若いのに。


【茉莉】

 何でこんなことになっちゃったのよー。

 男の人と暮らすなんて初めてだからどうすればいいか分からないよー。

 なぜか口からは余裕なセリフが出てくるけど、ドキドキするよー。

 部長センパイー...


【果歩】

 プ!

 あの娘、言ってることと考えてることがあべこべじゃない。

 変な娘。

 一人では生きていけないって、そんなことないわ。

 別に友達も恋人も兄弟なんかもいなくたって何とかなるはず。


「では、皆さんにここでの制服をお渡しします。ま、自衛隊員の制服ですが」

 と、鍊からウッドカモの迷彩服の上下と帽子、ベルト、ブーツを渡された。


 うわー、ダサい制服ねー。

 この迷彩服って本当に意味があるのかしら。


「それともう一つ、AICGlassesをお渡しします。藤堂さんはご自分のものをお持ちなのでそちらを使ってください」

「え、これもらえるの?」

「はい。後ほど身体検査を行いますので、その際にブレインスキャンを行って初期設定をします」


 やった。AICGlasses欲しかったのよね。

 これがあれば就職活動も恐くないわ。


「皆さん制服に着替えたら、昼食をとっていただきます」

「はい、男子は一旦外に出ましょうか」

 楢原一尉と呼ばれた女性が促す。

 この人もほとんど心の動きが読めないわ。

 何だろう、心の変化の割合が少ないというか、反応が薄いというか...


 男子を外に追い出して迷彩服に着替える。

 サイズはちょうどいいわね。

 あら、胸に名前が刺繍してあるわ。

 準備がいいこと。


 全員が着替え終わると食堂に連れて行かれた。

 何を食べさせられるかと思えば、よくあるペースト状の栄養補給食だわ。


「えー、私こんな合成食、食べられなーい」

 女子高生が文句言ってる。

 すると心の中に山菜やら野菜やら猪の肉?この娘、随分自然食を食べて育ってきたのね。

 今の世の中、普通の日本人は人工光合成で作られたたんぱく質や炭水化物を食べてきた人が多いはずなのに。


 そう、従来、植物にしかできなかった光合成は人工的なプロセスで様々な栄養素と酸素を産み出せるようになっていた。

 だから、多くの人は合成された食事をとっていて、自然食はあまり世間には出回らないようになっていたのだ。


「毎日の食事は皆さんのトレーニングに合わせて必要十分な栄養素を計算されて支給されます。これだけ食べていれば、理想的な筋力と体力が維持されるようになります」


 トレーニングって何をするのかしら。

 あまりに辛いと耐えられないかも。


 食事が済むと身体検査をするというので、皆、診察室に連れて行かれた。

 血液検査とブレインスキャンをするという。

 ブレインスキャンは頭がすっぽり入る大きなヘルメットを被り、バイザーに映し出される文字を心の中で唱えるという形で行われた。

 ひらがな50音から始まり、色々な名詞、動詞、数字などを10分くらい掛けて頭の中で唱え続けた。

 これで言葉を考える際の脳の活動をサンプリングして、AICGlassesをコントロールできるようになるらしい。


 早速初期設定の済んだAICGlassesを着けさせてもらった。

 すると、視界の端にさっきのアンドロイド、時子の姿が現れた。

「AICGlassesと言語野のリンクを確認しました。認識率92.5%です。この認識率は使っていく内に上がって行きます」

 へー、こんな感じなんだ。

 確かに便利そう。


 全員の検査とスキャンが終わるとトレーニングを開始すると言って、人が一人入れそうな直方体の箱がたくさん並んでいる部屋に連れて行かれた。


「こちらがフィジカルトレーニングルーム、通称「蛸壺」です。この箱の中には、皆さんの身体を鍛えるための機器が入っています。簡単に言うと、筋肉を電気刺激で収縮させて筋肉トレーニングを行ったことと同じ効果を与えてくれます。また、ストレッチにより関節の可動域を拡げてくれます」


 何かちょっと恐いわね...

 でも自分でやらなくてもいいなら楽かも。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る