第31話

【武蔵】

 これなー、楽は楽なんだけど、この人たちに耐えられるのかな...

 ま、最初は強度を下げてやるんだろうし、何とかなるとは思うけど。


 しかし、俺の父ちゃんがあの徳永秀康とは。

 母ちゃんは知ってたのかな?

 それにしても、この人たちが俺の姉ちゃん、兄ちゃんとはね。

 徳永チルドレンてことで、もっとスゴい人たちなら嬉しいんだけど、ちょっとショボそうだな。

 特にあの藤堂とかいう兄ちゃん、全てにおいて隙だらけだ。

 多分瞬殺できる。

 でも、人を心臓麻痺にできる能力っていうのは、ちょっと恐いな。

 今までに力を使ったことがあるんだろうか。

 流石に俺は人を殺したことはない。

 殺せる力は余るほど持ってるけど...


【茉莉】

 蛸壺?

 だっさい名前ね。

 こんな機械に頼るより、皆自転車に乗ればいいのよ。

 すぐに脚の筋肉と心肺が鍛えられるわ。

 まあ、上半身はなかなか鍛えるのが難しいけど。

 でも、今までほとんど独学だったから、ここでトレーニングしたら更にスゴい体力が付けられるかも!

 そう言う意味ではムダにはならないわね。


【瑞希】

 なんだこれ?

 こんなんでトレーニングできるのかな?


 早速皆その箱に入れられ、トレーニングが始められた。

 トレーニングといっても自分でやることはなく、手と脚、胸、腹、背中の筋肉が勝手にブルブル震えたり、グリグリ動いたりするだけだった。それがまんべんなく行われた後、機械が動いて身体を曲げ伸ばすストレッチが行われた。

 運動をしていなかった身体は全然曲がらず、冷や汗をかきながら、痛みに耐えた。


「うぎぎぎぎ」

 隣の品川さんの蛸壺から呻き声が聞こえる。

 彼女も運動には縁がなさそうだからなー。

 と思いつつ、いつ終わるのか不安に思いながら痛みに耐えた。

 1時間半ほど経って箱の外に出されたが、身体にちょっと力が入らなくなっている感じになっただけだった。


 その後、今度は戦闘訓練ということで、さっき皆が受けたブレインスキャンの機器のような頭に被せる機器を着けられた。

 バイザーに時子さんが映され、戦闘訓練について説明がなされた。

「これから戦闘訓練を始めますが、訓練といっても皆さんにやっていただくことはありません。格闘家やベテランの自衛隊員の戦闘経験を皆さんの脳にコピーします」

 コピー?


「AIコンシェルジュでは知識や思考に関するエキスパートたちのデータベースが作られ、活用されましたが、別の機関によって運動や格闘技についてもエキスパートたちの経験がデータベース化されました」

 確かにデータとしては多くのスポーツ選手の技が蓄積されて分析が進んだという話は聞いていたけど。


「皆さんの脳の記憶野にそれらの戦闘経験を書き込みます。これは超指向性の超音波と電磁誘導によって脳の記憶野に戦闘経験の記憶を書き込むことで行われます。皆さんはこれらの経験が一切ないので、全て上書きが可能ですが、武蔵さんだけは既に経験があるため、記憶の合成が起きる可能性があり、この訓練は受けられません」

 これが海外に行こうとした人の記憶を操作する技術だな。


 何か脳にすごく負担が掛かりそうだけど。

 そもそも脳の記憶容量には物理的な限界があるはずだから、記憶を増やせば覚えられることが減ることになる。

 まさか、今までの記憶が消されるんじゃないだろうな。


 時子さんにその心配を話すと、

「人間の記憶のメカニズムは、ひとつひとつの脳細胞が記憶を保持しているわけではなく、脳細胞同士のネットワークが変化することによって行われます。記憶を追加したからといって、容量が減るということはありません」

 とあしらわれてしまった。

 ああ、無知だと思われたかもー...


 こうして記憶の上書きという、ちょっと恐い処置をされることになった。


「では始めます」


 微かにチリチリという音が聞こえるだけで、痛みや違和感などは感じなかった。

 15分ほどで終了したものの、何が変わったのか分からないほどで、もしかして失敗したのかと思った。


 その後、記憶の定着を確認するために実戦訓練を行うということで、武道場に行き、武蔵くんのお母さんと素手で対戦することになった。

 武蔵くん以外はまだ身体ができていないということで、ゆっくりした動作で攻撃を受けることから始めるという。


 何をすればいいのか分からないまま楢原一尉から攻撃を受けると、不思議と身体が勝手に動いて攻撃を受け流したり、よけたりすることができた。

 時には攻撃を逆手に取って相手を投げようとする動作をしていた。

 うわ、ちょっと僕スゴくない?

 ただ、ゆっくりだから反応できているものの、速い攻撃には付いて行けないようだった。


「まあ、今の筋力と体力にしては上出来ね。しっかりと対応できてるわよ」

 なんか知らないけど褒められた。


 その後、同じ事を武蔵くんが始めたが、あまりの動きの速さに目が付いて行かない。

 なんだこれ!?

 アクション映画を観ているかのような、スムーズに流れる動作で攻撃をいなして行く。

 やっぱり武蔵くんてスゴいんだなぁ。


 それを見ていた坂本さんが、

「うわ!はっや、私もそのくらいでやりたい」

 と言い出した。

 すると鍊が、

「分かりました。では私と戦ってみましょう」

 と言い出し、二人の戦いが始まった。


 すると武蔵くんの速さにも負けない速さで二人の攻防が始まった。

 二人とも全力でパンチやキックを繰り出しているように見える。

 鍊も坂本さんも見た目からはこんなに動ける人だとは思わなかった。


 これには武蔵くんも呆気にとられているようだ。


「流石ですね。こんなに短時間で格闘術をマスターした人は見たことがありません」

「あなたも普通の人に見えてたのにスゴかったのね」


 こんな人たちに付いていけるのかな...


 実戦の訓練を一時間半ほど行って、今日のトレーニングは終了となった。

 流石に実戦は疲れたものの、思ったより辛くはなかった。

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