礼儀正しいトンボ

 朝、夫を送り出し台所をかたずけた後に身支度を整え神様と仏様にご挨拶をし玄関を掃く。

 朝ドラが始まるまでの私のルーチン。

 ただ、今朝は寒かった。

 だって、起床時外気温10℃ですもの。

 玄関を掃くのを躊躇ったものの、やっぱりやらないと落ち着かない。

 小さな玄関を掃くだけ。直ぐに終わる。

 掃いている間は、ドアは開け放している。折角なら朝の新鮮な空気を取り入れたい。家の中が清められる気がするから。


 居間に戻る時に頭の上を何かが飛んだ。

 やばい。カメムシかも。

 テレビで今年はカメムシ大量発生だと言っていた。

 ここらあたりは今のところあまり見ないと油断していたけど。

 眼で追うと、その影は案外大きく、大きなカメムシだと思ったのだけど。

 居間の照明の傘の中に落ち着いたその姿は、トンボだった。

 最近、眼が更に悪くなったと感じていたけど。

 いや、今は眼のことよりもこのトンボをどうするかだ。

 子供の頃に捕まえようとして噛まれて以降、怖い。

 かといって殺虫剤を使うのは可哀想。

 このまま、室内にいてはこちらも嫌だけどあちらは死んで干乾びるのがおち。

 居間の掃き出し窓を開け、テレビも照明も消した。

 椅子に乗り団扇で追いやろうとすると、慌てて台所の奥の方へ。あまりの速さなのか私の目の悪さなのか、見失ってしまった。

 「はあ~」朝からため息が出る。

 時々羽音がするが見つからない。

 しばらくして、羽音が大きめに響いた。

 「あれ、もしかして玄関の方かな」

 見ると玄関ドアのノブ近く。

 ノブに手をかけるときにまた変な方向に逃げたらどうしようと思ったが、案外逃げずに空いた隙間からすっと出ていった。

 「う~ん。もしかして玄関をご存じでしたか」

 玄関から入って、玄関からお出になったトンボ。

 礼儀正しいかも。

 

 

 

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